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ジャパンエリアの端の端。ひどい雨風のなかサポーター向けの観光ホテルが立ち並ぶ大通りの一角から路地を抜け、人気が少ない通りになる。姿を見られると後々厄介だからなるべく周りを気にして歩く。そこから小さな橋を渡って三棟ほど進めば僕が目指す建物に着いた。

『Blue Heart』と。わざとなのか雑に掘られた看板が取り付けられているその建物は、僕があの人達と会うのに使われている場所だ。五階建てのうち一階はホールとbarになっている。チェックインなどの手続きはいらない。カウンターに人がいるのを見たことがなかった。いつも建物に入るとすぐ脇にあるエレベーターに乗って最上階へ行き、降りて部屋に入るだけだ。

今日もそうして部屋へ向かう。こんなことに慣れつつある自分に嫌気がさしながらエレベーターで五階のボタンを押した。
でも今日はいつも違うんだ。今日で止めるんだ。
私用のジャージの鎖骨辺りをギュッと握る。マフラーをしていた時に不安になると無意識でよくやっていたらしい。

……怖い。

本当は怖くてしょうがない。毎回、途中でエレベーターが壊れたらいいのに。とか、台風か何かで建物が崩れてしまえばいいのに。とか考えてしまう。エレベーターの床の隅をじっと見つめる。


豪炎寺くんに知られてしまってから恋心以外に気づいた事がもうひとつある。それは僕が自分に嘘をついていたこと。僕は誰にも知られたくない、誰も傷つけたくないと言っておきながら本当は気づいて欲しかったんだ。そして誰かに大丈夫って言って欲しかったんだ。
それが豪炎寺くんで良かったと思う。


『吹雪さんは豪炎寺さんが好きですか?』

少し前に虎丸くんから言われたひとことだった。

『え……どうしてそんなこと聞くんだい?』
『吹雪さんの気持ちが知りたいんです。』
『虎丸くんは豪炎寺くんが好きなの?』
『はい。』
『そっか…。』

いきなりで誤魔化すように避けてしまったけど、僕がこんな状況でなければすぐに答えを出せてたのかな。でも、こんな状況になっていなければ豪炎寺くんへの恋心にも気づけていなかったのかな。

なんて、そんな事を考えているうちにエレベーターが五階についた。


とにかく。あの人達から放たれなければ僕はこのままだ。深く深呼吸をして扉を開けた。




「やぁ士郎ちゃん。ちょうどよかった。…相変わらず冷たいなぁ。」

靴を脱ぐとすぐに男がやって来た。僕は返事をしない。金髪に黒ぶちのメガネをかけたこの人は一見穏やかそうな顔をしているが、行為となると道具を使ってくるからタチが悪い。
最近はあまり見かけなかったのに今日は機嫌よく僕を迎え入れた。

いつ話を切り出そうかと伺っていると、奥のベッドがある部屋に入れられた。窓際のソファーには色黒の30代くらいの、こんどは縁なしのメガネをかけたおじさんが腰かけてタバコを吸っていた。よく僕を抱く人だ。

さっそくヤられるのかと警戒するがその衝動はない。金髪の男はにこにこした顔で僕をベッドに座らせた。

「今日はね、とっても良い報告があるんだ。」

いままでこの人の口から出た"良いこと"は僕に取っての良いだった事はない。

「あの、話があるんです。」

僕は思いきって口を開いた。なんで機嫌がいいのかよく分からないけど、こういう時は危ないんだ。行為が始まってしまうまえに早く言って終わらせなくちゃ。

「僕は今日。こんな事を止めてほしくて来たんです。」

ベッドから立ち上がって少し睨むような目で言った。

「こ、こんなことは絶対やっていいことじゃありません。僕を撮った写真も全部消してください。」

強く良い放つと驚いたように男の目が見開いた。だが、すぐ元に戻りこんどは黒い笑みを浮かべた。

「へぇ。誰かに何か植え付けられでもしたのかな。」
「け、警察にバラします。」

じりじりと近づいてくる男から入ってきたドアに向かってゆっくり下がる。

「いつからそんな悪い子になったのかな。」

男が一気に間を詰めてきたと同時に僕はドアに向かって走り出そうとした。けど振り返った途端に人にぶつかった。さっきまでソファーに座っていた男だ。

まずい……!
僕はすぐに捕まえられ、ベッドにうつ伏せで両手両足を男の手足で押さえつけられた。上には金髪の男が乗っていて身動きが取れない。男が僕の耳に唇を寄せる。

「士郎ちゃんさぁ、自分の立場分かってる?…今日は大事な日なんだからおとなしくしててもらわなきゃ困るんだよね。」
「や、やめてください。」
「んー。もうちょっとで来るんだけど、…それまで静かに待っててくれそうにないしなぁ。」
「……あ!?…やめ、はなしてっ」

男は枕の下に隠してあった縄を片手で引っ張り出すと、暴れる僕の腕を後ろ手にきつく縛った。そしてズボンを一気に下ろされる。足をバタつかせたり身体をよじって暴れるけどこの体勢から逃げ出すのはまず無理だ。

「豪炎寺くんでしょ。」
「え。」

男から出た言葉に抵抗がぴたりと止む。まさか豪炎寺くんの事を知られていると思わなかった。

「君のことで知らないことなんてないよ。」
「…ぇ…あ…。」
「…はは、なんでこんなに知ってると思う?なんで君の行動を観察できたと思う?」

カタカタと震えだす僕に男は楽しそうに話し出す。

「正解は……君の近くにいたからでした。」

なに言ってるのか分からない。ずっと僕の近くにいた…?どこに。いつから…?

「まぁそんなこともうどうでもいいんだよ。」

男は僕の肩を掴むんで仰向けにすると顔をぐっと近づけてきた。男の目は青黒く見開かれている。そして口からは絶望が撃たれた。

「士郎くんは買われたんだよ。」
「な…、なにをいって…」
「ま、売ったのは俺たちだけどね。選手の中でも士郎くんの写真は売れ筋よくってさぁ。あ、大丈夫。大丈夫。あの写真じゃなくてただのブロマイド見たいなもん。」
「…ぅ、…うそだ…。」
「気前の良いお得意さんなんだけどね、本人がいるっていったらすぐ食い付いてきたよ。」

僕が男の言葉を理解できず目の前の男を見つめるしかできなかった。買われたって…じゃあ僕はもう帰れないの?こんなあっさり皆と別れちゃうの?もう豪炎寺くんと会えないの…?

「い、嫌です。離して!」

そんなのごめんだ。
僕にはまだ試合だってある。僕は、自由に生きたい。これ以上縛られるのは嫌だ。
足を蹴りあげたのを男が避けた隙にベッドから飛び降りた。色黒の男はいつのまにか部屋からいなくなっていた。大丈夫だ。きっと、今度こそ。

腕を縛られたまま、ズボンを履いていない事も気にせず走る。もうすこしで玄関だ。けど玄関の扉を肘で開けようとしたとき、後ろ首から全身にバチッと強い衝撃が走った。

「逃げられるわけないじゃん。」

僕はまだ絶望していなかった。だけど意志とは関係なく意識が飛んでいく。
やだ。やだ。豪炎寺くん。ごめん。やっぱり僕だけじゃダメだった。君の思う通りだよ。ひとりじゃだめだった。君はきっとこれを伝えたかったんだよね。

「…たす…けて…ごうぇ…ん…じ…く……。」




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