11


吹雪の傷は悲惨なものだった。

「これは…!」

立っているのが辛そうだったから、座らせてユニフォームを脱がせた。

「僕も、直接見たことはないんだけど…そんなに?」
後ろを向かせると傷口が露になる。言葉を失った。背中に広がる殴った痕や小さな切り傷。なかでも際立っていたのが左肩で、同じ方向に五ヶ所ほど何かでえぐられたような傷がついていた。その近くには赤黒い小さな痣が三ヵ所。

「……なにで、されたんだ…?」
「こ、転んだんだ。」
「転んだんだだけでこんな傷つくわけないだろ。」

まだ隠そうと誤魔化す吹雪に少し強い口調になってしまう。吹雪もここまできても追及してくる俺に降参したのか話を進めた。

「…。…たぶん、スパイクか何かかな…。」
「スパイク…!?」
「うん………まえに練習後にそのまま会ったら時に取り上げられちゃったんだ…。」

トボトボと小さな声で話す吹雪の言葉をもらさないようにじっと耳を傾ける。

「…それで……?」
「僕、会う時間に間に合わなかったからお仕置きだって…。」
「…………。」
「…だから、それで踏まれちゃって…。」
「!?」

踏まれたってなんだ……?
俺の予想だと、こんな事をした相手は吹雪よりもずっと背が高くて足も大きいはずだ。この傷がスパイクなら、たぶんスパイクで殴ったとか、スパイクを乗せた上から踏みつけたりしたんだろうか…。
どれにしても凄惨な光景しか想像できなかった。

「じ、じゃあ…この赤黒いのは?」
「いたっ!さ、触らないで。」
「あっ、わるい!」
「…たぶん、…タバコかな。」
「押し付けられたのか!?」
「…たぶん。ごめん、よく覚えてないんだ。」
「…そう、か。」

痣の中には裂けた傷の上から押し付けられたものもあった。こんなの"お仕置き"など生半可な傷じゃない。吹雪はこれをひとりで抱えて…。
俺はしばらく何もできないでいた。

「………。」
「……?どうしたの?」
「あ!いや。」

俺が傷ついてどうするんだ。

このまま話を聞きたかったが、身体が冷えてきたから一旦まとめた。
傷口をシャワーで流す時、吹雪があんまりに痛がるから俺の肩を噛ませてやり過ごしたが、涙を流して耐える光景に俺の心も悲鳴を上げていた。ごめん、ごめんと無意識で呟いていた。

傷口は範囲が広くてすり傷用のガーゼでは覆い切れないから、今日返ってきたばかりのタオルを首から脇の下を通して結んでおいた。医者の息子と言えども肩書きだけで、実際は医学については何も知らないただの子供なんだと改めて感じさせられた。


脱衣場で服を着替え、近くにあった椅子に座って片手でタオルを使い髪を拭く吹雪の前にしゃがんで同じ目線にする。

「?…どうしたの?あ、話聞いてくれてありがとう。」

明るい声で話す吹雪の目にはまだ痛みで涙がたまっていた。
聞かせるだけで何もさせないつもりなのか。この次の一歩が重要なのに…!それとも俺にこれ以上重荷になる事をさせなくないんだろうか。
なら気にすることない。吹雪は勇気をだして俺に見せてくれたんだ。それを俺が受け止められないで誰が吹雪を助けられる…!


「吹雪。落ち着いて聞いてくれ。」

求めてこないなら、こっちから行くしかない。
吹雪は嫌がるだろうが…。

「明日、一緒に病院に行こう。」
「!!……や、やだ!」
「吹雪。これは犯罪なんだ。」
「!?」

抵抗しようとした吹雪は俺の口から出た"犯罪"という言葉でおとなしくなった。本人も普通の誘拐や脅迫の類いじゃないと分かっているんだ。

この傷は病院に行けば確実に縫うことになるだろう。
こんな酷い行為…許されるわけない。


「安心しろ。まだ他の人には話さなくていい。」
「……でも、豪炎寺くんが…。」
「俺が…?」
「ぼ、僕と一緒にいたら…豪炎寺くんが狙われちゃうかも」

さっきの明るい声とは異なり、吹雪はまた震えていた。マインドコントロールされているのか。

「俺は大丈夫だ。」
「……え?」
「大丈夫なんだ。」
「…でも、」
「俺すっごく強いからな。」
「………ふふ、なにそれ。」

さっきまで吹雪の話を聞いて心を痛めていた俺だが、いまは何があっても大丈夫だと言える自信があった。

「やっと笑った。」
「ふふ……え?あ。」

言われて気づいたのか、吹雪は自分に驚いていた。返事はもらえなかったが、俺は明日医者に連れていくつもりだ。


「ほら、寝るぞ。」
「あ、うん。」

不謹慎かもしれないが初めて見る本当の笑顔は、可愛かった。
脱衣場を出た後テクテク俺に着いてきていた吹雪が、階段のところまで来るといきなり方向を変えた。

「じゃあ、僕こっちだから」
「どこにいくんだ?そっちは入り口しかないぞ。」
「うん。僕、用具室で寝てるから。」
「は?」

衝撃的な言葉だった。

「僕の部屋、見られてるから。落ち着かなくて。」
「見られてる?」
「うん。…じゃあ、おやすみ。」
「あ、おい…待て。」

足早に入り口に向かう吹雪の肩を掴んだ。

「いっ!?」
「あ、わるい!」

思わず左肩を掴んでしまって慌てて手を離す。

「いてて……なに?」
「いや、その。俺の部屋で良ければ、一緒に寝ないか?」
「……え?」

吹雪も驚いてるが俺も自分に驚いた。何言ってるんだ。いや、でも用具室で寝るのは良くない。…そう言えばこの前用具室の床に血がついてたって一年が騒いでたのは、吹雪が原因か。




「本当に良かったの?狭いでしょ?」
「俺から言い出したんだ。」

一人用のベッドに二人はきついかと予想してたが案外すっぽり収まった。吹雪が小さいおかげだな。仰向けで二人は厳しいからお互い背を向けて横になる。そのせいか吹雪の声が遠く聞こえる。

「……僕、明日病院行くよ。」
「!…そうか。」
「でもひとりで大丈夫だから。」
「それはダメだ。」

吹雪の方に向き直る。吹雪はまだ背中を向けたままだ。

「どうして?」
「途中で逃げるかもしれないだろ。」
「…しないよ。」
「じゃあ俺が付いてってもいいよな。」
「それは!」

吹雪も俺に向き直った。吹雪との距離が一気に近くなって意外と狭かったな、なんて思った。

「……だめなんだって。」
「どうしてだ?」
「だから、君に迷惑かけちゃうだろ。」

まだそんなこと言ってたのか。こっちはもう巻き込まれた気なのに

「はぁ。吹雪、そろそろ信用してくれないか?」

涙を見せてくれたのは嬉しかった。傷を見せてくれたのも。だがどこかまだ避けられているような気がする。

「してるよ。」
「じゃあ大丈夫だって信じてくれ。」
「………。」
「吹雪?」
「………君に…。」
「ん?」
「……君に、傷ついてほしくないから。」
「え?」

吹雪ば言いずらそうに俺から視線を反らした。

「さっき、傷口見てショックだっただろ?…これ以上知ったら、きっと僕の事避難するに決まってるよ。」

吹雪は布団のなかで手イタズラをし始める。

「僕、ただ殴られたりの暴力されてるわけじゃないから。」
「!……吹雪…。」
「だから……、!?」

気がついたら吹雪を抱きしめていた。衝動に狩られるなんて俺らしくないと思うが、いまはこうする事しか頭に思い浮かばなかった。

「…豪炎寺くん、痛いよ。」

吹雪は腕の中から出ようと押してくるが、力は俺の方が上だ。左肩に触れないように強く抱き寄せた。

「……嫌いになんてならない。」
「え……う、嘘だよ。」
「いいから。信じろ。」

どうしたら吹雪が俺に心を開いてくれるかは分からない。一度閉じてしまったものは開くのに時間がかかるだろう。けど、俺はどんな吹雪を知ってもきっと受け止める。ずっと待つ。だから信じてくれ…

「なんでこんなに…」
「心配だからだ。」
「心配?」
「あぁ。お前がひとりで抱え込んだり無茶すると、たまらなくなる。」
「は//?な、なに言ってるんだよ。」
「本当の事だ。」
「そんな真面目に答えないでよ!……もういいよ、寝よ寝よ。」


本当の事を言っただけなのに、吹雪の機嫌を損ねてしまったようだ。だが諦めたのか、さっきまでの抵抗がなくなりおとなしく目をつむっていた。

「おやすみ。」
「……おやすみ//」

よほど疲れていたのか吹雪は言ってすぐに眠りについた。もう何時間も寝れる時間はないが少しは休めるだろう。今まで意地悪で素直になれなくて、ごめんな。


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