10

気がついたら、抱きしめていた。腕の中で震える、小さく儚い存在を守りたかった。
一人は嫌だと言ったあの日のように……、もう置き去りにしないから。

「ふぶき…。」

やっと声が届いたと思った。

ずっと周りに壁を造って、何があっても崩れることのない鉄壁の守りを続けていた吹雪。だけど俺はそれを壊すことなく、上手く登り越して吹雪の心に入り込めたようだ。

泣きながらも、すがるように俺の背中に回されている腕にそれが上手くいったことを感じる。



空からは小雨が降り始めていた。さっき見た吹雪の状態からしてこのまま外にいるのは良くないな。

「吹雪、身体が冷えるから中に入ろう。」
「…う…ん……。」

吹雪は、ぐすっと鼻をすすると身体を離して歩き始めようとする。

けど、フラついて危ない。

「…ほら、乗れ。」
「え……でも僕、練習した後だし…。」
「いいから、」
「…ありがとう。」

しゃがんで背中を差し出し吹雪をおぶると持ち上げたその身体は予想以上に軽かった。このまま寝かせたい所だが、吹雪は嫌がるだろうし、俺は肩の傷が気になる。
いったんシャワーに連れてった方がいいか…

「ねぇ、右のほっぺた赤くなってるよ?」

さっきより少しは元気になったのか、背中の上から話しかけてくる。

「痛そう。」
「ああ。知ってる。」
「ベッドから落ちたの?」
「いや。」
「ふーん…。」

これは虎丸に叩かれたやつだ。
なんて言えるはずもなく。まぁ強いて言うなら、吹雪を手に入れるための代償だな。まだ手には入れてないが。


もう3時は回っただろうか。外は大雨になっていた。きっと今日の外での練習は無理だろう。

部屋に着替えを取りに行き、シャワー室に向かった。
血でユニフォームがくっついて取れないと言うから、上を着たまま入れることにした。
同性だから変な意識をするはずはないんだが…。一度自覚してしまうとそういう目で見てしまう。


「な、なんで豪炎寺くんも入るの…!?」
「雨に濡れたしな。身体だけでも流そうと思って。」

半ば強引に吹雪と同じブースに入る。気づけば吹雪も腰にタオルを巻いている。上がユニフォームで下がタオルって…。なんとも間抜けに見える格好だ。


吹雪が気になるっていうのもある。
けど今は、隠したがる傷口を見ておこうと思った。血の量から見てもただのかすり傷程度じゃないことくらい分かる。そして吹雪自身の不注意で出来たものじゃないことも。


「ほら引っ付いたところ流すからあっち向け。」
「………うん。」

吹雪の身体をむこうに向け、肩の部分を確認する。片方だけの傷だが、広範囲まで血が滲んでいる。

「かなり痛むぞ。」
「うん。」

シャワーのお湯を適度な温度に合わせ、ゆっくり足の方からかけていく。

「……いたぁ!」

傷口に当たったのか吹雪の身体がビクッと揺れる。

「い、いたいよ!豪炎寺くん…!」
「もう少しだから、我慢な。」

完全に固まっていなかった血が流れ、辺りは吹雪の血の匂いがし始めていた。

「いたい、いたいよっ…」

ぎゅっと目をつむり痛みに耐える姿はこっちの精神も削っていく。

「ごめん吹雪、あと少しだから。」

なだめるように言葉をかけながらユニフォームを摘まんで傷口から離していく。直接じゃなくてもこの痛がり様だと、この次はもっと大変だろうな。


「よし、取れたぞ。」
「……はぁ、…はぁ。」

シャワーを止めると、吹雪は涙目にながら浅い呼吸をしながら「良かった…。」と呟いた。

「…あ、ありがとう。後は大丈夫だから…」

俺を押してブースから出そうとする手を掴む。

「いや、俺が洗ってやる。」
「え、いいよ。」
「いいから。」
「嫌だ、やめてっ」
「!?…吹雪。大丈夫だから…」

パニックになりそうな吹雪を抱きしめて髪を撫でて落ち着かせる。相当見られたくないらしい。そこで医務室での事を思い出す。あの時の吹雪は何かに怯えていた。

身体を見せることに恐怖を抱いているなら…。
見せることで拒絶されると思っているなら…。


「吹雪、大丈夫だ。誰も嫌いにならない。」
「ほ、ほんとに…?」

頭を撫でながら優しく言葉をかける。なるべくキツイ口調にならないように。

「ああ。大丈夫だ。俺がそばにいるから。」
「う、ん。……じゃあ…いい、よ。」

腕のなかで微かに震えているのに気付き、傷に触らないように気をつけてより強く抱きしめた。了承してくれた安堵よりも、こんなになるまで恐怖を植え付けられた事へのやり場のない怒りが込み上げてくる。

犯人に、そして自分にも。




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