お泊まり基山くん



「お、豪炎寺先生。今日はもう上がりですか?」

「はい。明日は出張なのでもう帰ります。遅くなると妻も心配しますし。」

「はははっうらやましいなー。うちも昔はそうだったんですけどねぇ。」

「きっと今もそうですよ。…では、お先に失礼します。」


職員ロッカーに荷物を取りに寄り、学校を出て駅へと向かう。


高校を出た俺は、国立大の理学部へ進学し高校理科の教師免許を取得した。
その後無事に就職試験にも合格し、都内の公立高校に生物の教師として勤務している。

学校の最寄り駅から乗って25分+徒歩10分でもう我が家だ。

都営マンションの八階。


「ただいま。」

「おかえりなさーい。」

出迎える柔らかい声。
ドアを閉めると、トテトテとリビングから声の主が現れる。

「今日は早かったね。まだ、ご飯出来てないんだ。先にお風呂入ってきて。」

「あぁ。」

靴を脱ぎ、鞄を渡したついでに頭を寄せて額にキスを送れば「えへへ//」と照れたようにはにかむ表情が可愛い。


吹雪士郎は俺の妻だ。

まぁ同性だから籍は入れられないが、夫婦になるってただ"結婚"することを言うんじゃないと思うんだ。


「あ、そう言えばね。明日同僚の基山くんが遊びに来かもしれない。」

このとき一緒に食卓を囲んでいた吹雪が思い出したように言った事が後に俺を悩ませることになる。

遊びにって…。

「まさか男か?」

「まさかじゃなくても男だよ。明日飲み会があって、もし終電に間に合わなかったら「だめだ。」

「えぇー。」

拾ってきた子犬を捨ててきなさいと言われた子のように駄々をこね始めそうだが。
それ"遊びに"じゃなくて"泊まりに"だろ。

「明日俺は研修があって帰りが遅いんだ。何かあったらどうする。」

「基山くんはそんな人じゃないよ。」

いや怪しい。
たびたび吹雪から話は聞いたことがあるが、いかにも吹雪に好意を持っていることがうかがえて吹雪を仕事に行かせることも内心穏やかではないのに、一晩同じ屋根の下にいるなんてもってのほかだ。


「飲み会は百歩譲っていいとして、基山とはこれ以上仲良くするな。」

「えぇー。あ、もしかして豪炎寺くん妬きもち?」

「………//」

女子にも負けないクリッとした瞳で顔を覗いてくるからとっさに顔をそらす。

吹雪の事となると本当に余裕がなくなる…。


結局その日は基山と二人の状況を作らないのと、九時半までに帰宅することを約束して終わった。出来ればもう話しもさせたくないとこだが、さすがに吹雪の方が可哀想だから許してやった。


なのに…………!



プルルルル、プルルルル

ピッ

「はい。どうした?」

長い研修が終わった午後9時。帰ったら10時過ぎるかもしれないな…。さすがに吹雪も帰って来てるだろうと急いで駅に向かって歩き出した時ポケットの携帯が鳴り出した。

ディスプレイには 吹雪士郎 の文字が表示されていた。何かあったのかと出てみると、声の主は吹雪ではなかった。

『もしもし?君が士郎くんの旦那さん?』

「…何で吹雪の携帯を使ってるんだ。」

『あ、俺基山ヒロトって言います。士郎くんの同僚で…「それは分かってる。何で吹雪の携帯でお前が俺に電話かけてくるんだ。」

『俺の携帯からの方が良かったですか?』

「そうじゃない!」

『豪炎寺さんの声って聞いてた通りイケメンですねー。』

「おい、話を聞け。」


ったく。なんなんだ。
というか、"士郎くん"……だと…。馴れ馴れしく名前で呼びやがって。
一気に不機嫌になる俺とは逆に酒のせいか陽気に話し出す基山。

『実は士郎くんが酔いつぶれてしまって、今あなた方の家なんです。』

は!?
アイツ家にあげたのか…?
いや、吹雪は鈍い所はあるが昨日約束したし簡単に人を家に上げたりしない。どうせ基山が吹雪に、送ってくよ。など言って転がり込んだんだろう。

自然に足取りが速くなる。
家に帰りたい。いや、早く帰らねば!

『ほら、豪炎寺くんだよ。』

携帯が吹雪に渡される。

『ん……しゅーやぁ?//……早く、かえってきてねぇ//』

舌足らずで呂律が上手く回っていない声で甘えてきて今すぐにでも抱きしめてやりたい気持ちが積もる。

「吹雪。なにもされてないだろうな…?」

『なにもって?……いまねぇ…きやまくんが……え?…あ、ちょっと…っ』

ガチャ。

ツー、ツー、ツー

電話の向こうで二人が話す中ドタッと倒れた音がして通話が途切れた………。


「吹雪ぃいいい」


その後すぐタクシーを捕まえて家まで翔ばしてもらい、酔ってのほほんとした顔で押し倒されている吹雪から基山を引き剥がして外に停めておいたタクシーで帰らせた。

危ない、本当に危なかった。

「えへへ、しゅーやぁ//だいすきー。」

腕に擦り寄ってくる吹雪は「恥ずかしいからやだ。」と言っていたのが嘘のようで、いつもより1万倍くらい素直だ。

「ほら、ちゃんと風呂入って寝ろ。」

明日はお説教だからな。
吹雪に罪はないと分かっていてもこの無防備さは何とかしなければ…。

「しゅーやも一緒に入るのー。」

「はいはい//」

酒の力ってスゴいな。と驚きつつ普段見れない素直な吹雪がたまらなく可愛くて、たまには飲ませようかと考え始めた。





だがこんな日はこれから先いくつも起こる事になる。そのたび俺は全速力で家に帰る。

吹雪のおっとりさは長所であり無防備過ぎるというやっないな短所でもある。まぁそんな所も好きなんだが…//
基山は家に上がった日からさらに吹雪に絡むようになった気もするし、他の輩もたびたび吹雪と仲良くなろうと酒の席に誘うことが多くなった。もちろん行くなと押している。


いまの職場は気に入っていたが、妻の事を考えると引っ越したくてしょうがない。

「いってらっしゃい。」

そんな事をぐるぐる考えながら、俺は今日も出勤する。

「いってきます。」

最愛の妻に送られて。





―――――――――――――――
お泊まりしませんでしたね(笑)
お泊まり(しそこなった)基山くんでした。




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