16話
料理が完成した頃にはふて寝してしまっていた吹雪を起こして二人で夕飯を食べた。
俺がいない間にシチューに何を入れたのか、普段より滑らかって言うか。俺が作るのより優しい味がした。吹雪に何か隠し味を入れたか聞いてみると、それまでムスッとしていた表情がたちまち笑顔になった。今は上機嫌で食器を洗っている。
「吹雪。今日はもう、うちに泊まっていかないか?」
気になっていたことをさりげなさを装って聞いてみると一瞬ピタッと動きが止まったが、ゆっくり俺の方を向くと首を縦に振った。まぁ正直帰す気はなかったんだが…
「じゃあ家族に連絡か何か…」
吹雪その言葉に首をふる。
あぁ、そう言えば前にメールで吹雪は一人暮らしだと聞いたんだったな…。
後片付けも終わりあとは寝るだけの状態になった時、吹雪は頑なにソファーを譲らなかった。本当ならベッドを使わせたかったんだが、そこまでこだわるならしょうがない。俺は自分のベッドで寝ることにした。
「本当にいいのか?」
と掛け布団を渡す時に再度聞いてみたが、うんうん。と頷いていた。
「じゃあ、おやすみ。」
笑顔で手を振る吹雪を後に自室のベッドに入った。気がつけばまだ10時だったが、今日は久々に身体を動かしたせいか睡魔が迫っていた。
好きなやつと同じ屋根の下にいて、しかも二人きりなのになかなか思うように進まないもんだな。そんな事を考えていたらいつの間にか眠りについていた。
だが体感時間で約一瞬で俺は目が覚めた。
リビングの方からガタンと大きな何か物音がしたからだ。急いで起きて行ってみると、ソファーで寝たはずの吹雪が部屋の隅で丸くなっていた。寝相が悪くて落ちたにしては様子がおかしい。
「……吹雪!?」
目をギュッと強く閉じたまま耳を両手で塞いでいる。この距離からでも分かるくらい震えていて、状況が理解できず狼狽える。
肩に手を乗せると俺に気づいて目を開いてくれたが瞳の奥が揺れていた。
どうしたのかと言葉を発しようとした次の瞬間。カーテンを閉めていても分かるくらい外が光輝き、すぐ落雷独特の音が響きわたった。そしてそれと同時に吹雪の身体がビクッと跳ね、俺にしがみ着いてきた。
ギューッと爪を立てて少し苦しくなるほどしがみついてくる吹雪の背中を撫でてやる。俺は風丸が言っていた事を思い出した。大きな音が苦手というのは、雷も含まれるのか。
「…吹雪。大丈夫、ただの雷だ。」
ふるふると首を振る仕草が至極く儚く見えた。俺はその場で吹雪をなだめ続けた。震える背中を撫でている間に何度かまた雷が鳴り、そのたびに治まって眠りかけていた意識が覚醒して何かに怯えているようだった。俺が近くにいるという事を認識出来ていないほどにパニックになっているようだ。
だがしばらくたって雷もどこかへ行ってしまい、静かな雨の音だけが聞こえるようになるとだいぶ呼吸も落ち着いたようでしがみついていた腕が外された。
「大丈夫か?」
冷や汗をかいて張り付いた前髪を横にはらってやると、やっと俺に気がついたのか申し訳なさそうに眉を下げた。
「ゅめじゃなかった…。」
「………ん?」
かすれたすごく小さな声だが吹雪の口から言葉が発せられたような気がしたが上手く聞き取れなかった。
「……落ち着いたか?」
とりあえずソファーに座らせ水を一杯飲ませると、顔色も幾分良くなったように見えた。
「どこか具合が悪いところは?」
吹雪はそれに首を横に振った。だが安心したのも束の間。
俯いて暗い顔をしていた吹雪がいきなり俺の耳に口を近づけ
「今日だけ。今日だけでいいから、一緒に寝てもいい?」と囁いて来たのだ。
声が…と驚いたが、きっと今までもこのくらいの囁き声なら出せていたのかもしれない。ただこんな距離まで近づかないと相手に聞こえないからやらなかっただけなのだと俺の中で自己完結させた。
それよりも驚いたのはその内容の方で。まさか吹雪からそんなことを言ってくるとは思いもしなかった。
だが別に他意はないんだろう。ショックを受けた後で人を避けたり逆に酷く人肌恋しくなったり不安になるのはよく見られる傾向らしい。
「だめかな?」
潤んだ瞳で不安そうに見上げられれて俺はすぐに返事をしていた。
「別に。かまわない。」
その表情で甘ったるく囁かれて、俺はもう自分を制御出来なくなりそうなほどだった。