8話
そうだ。僕安心してたんだ。
毎晩メールしてるからって
優しくしてくれるからって
豪炎寺くんが僕を特別視してくれてる確証なんてなかったのに。
表情は見えないけど、豪炎寺くんの大きい手は抱きつく女の子の背中に回されてあやすように優しく撫でている。
僕も一度でいいから、この想いに気づく前に抱きしめてもらえばよかったなぁ…。
風丸くんが帰ってくるのを待たずに僕はグラウンドを離れた。あの光景を見ていたくなくて。
「…っ…ぅ……っひう…」
気がついたら涙が出てた。頬を濡らさないように袖口で目を擦る。顔洗わなくちゃ。
恋だと気がついた日に失恋しちゃうなんて。
トイレの鏡に写る自分の瞳には光がなくて、おまけに涙を拭うために何度も擦ったせいで赤く腫れていた。
こんな顔、見せられない。
もう帰ってしまおうか…。
戻っても試合を応援する気にはなれないだろうし、ましてスタメンで頑張る豪炎寺くんの姿を見たくなかった。
豪炎寺くんのサッカー見てみたいって押したのは僕なのに…。
強く捻った蛇口からは水がドッと流れだして、その水でじゃぶじゃぶ顔を洗った。
途中鼻に入って痛かったけど、胸の痛みからしたら100分の1にも満たない。
結局、携帯も財布もベンチに置いてきちゃったし、風丸くんに何も言わないで帰る訳にもいかないしグラウンドに戻ることにした。
もう一度鏡に見た自分の顔は、目下の赤みはうっすら残るけど瞳には光が灯っていた。
豪炎寺くんは何も知らないんだ。僕しかしらないほんの一瞬の片想いだった。
ならいつも通りいこう。
決して吹っ切れた訳じゃない、二人を見るたびまた胸が痛むかもしれない。今日家に帰ったらまた泣くだろう。
でも今だけは笑顔をつくらなきゃ
「どこいってたんだ?心配したぞ。」
「ごめんね。トイレ行ってた。」
席にはもう風丸くんが戻っていた。グラウンドにもうあの子の姿はなかった。
それに良かったって思う自分がいてチクリと胸が痛む。
「あ、これ頼まれてたココアな。」
「ありがとう。」
隣に座って渡された缶のプルタブを空けると、ココアの甘い香りが広がる。
「後半戦もこの調子で行ければいいな!」
「……うん…そうだね。」
「…吹雪?何かあったのか?」
「え、ううん。なんでもないよっ…」
さっきよりも元気がない僕に風丸くんが気づいたからあわてて笑顔を作って返す。
こんな気持ち人には言えない。バレないようにしなくちゃ…。
そして毎度初戦敗退のはずの雷門に注目が集まるなか、後半戦が始まった。前半の疲れを見せず華麗にシュートを放つ豪炎寺くん。けど、僕の心はさっきと打って変わってオウンゴールが決まったように沈んでいる。
豪炎寺くんの事考えないようにしてるのに、気づけば自然に目で追ってる。やっぱりカッコいいよ…
もうこれでもかってくらい見せ場で決める彼。思えば彼は文武両道 成績優秀 容姿端麗。こんな完璧な人を周りがほっとくわけないよね。
勝手に彼女がいないって思い込んでたのはきっと僕だけだ。気づかなかったのは、きっと僕が豪炎寺くんに惹かれていたから。
"僕"という狭い視野で見ていたから、周りを見ていなかった。
試合は相手の踏ん張りと豪炎寺くんのハットトリックが決まって4-1
雷門は初めて二回戦出場が決定した。
試合が終わってざわつきはじめる。観客が席を立ち始めるのに合わせて僕も帰ろうとした。
「あれ、吹雪帰るのか?」
「うん。曇ってきたし早めに帰るよ。」
「せっかく声が出せたんじゃないか。豪炎寺に聞かせてやれよ。」
「ううん、いいんだ。試合で疲れてるだろうし、また今度。」
いま会ったらこの気持ちを振り切れなくなってしまう。
声が出たって報告したら、声を聞かせたら何て言うんだろう。良かったな。とか、おめでとう。とか…?その言葉さえ僕を友達だと思って発せられると思うと耐えられなかった。
だってきっとかすかに揺らがされるだけで、僕はこの声で豪炎寺くんに告白してしまうから。
「そう、か。残念だな。」
「もし会ったら、おめでとうって伝えて。」
「ああ。じゃあな。」
「またね。」
「………吹雪。」
「?」
「お前の声こんなにハッキリ聞いたの初めてだったけど、案外可愛いじゃないか。」
「…ふふ//ありがとう。」
風丸くんは理由も分からず落ち込む僕を元気づけてくれようとしたんだと思う。
本当にいい友達を持ったな。
空はどんどく暗くなり、ポツポツと雫が振りだして来た。傘を持ってきてなかった僕は急いで家を目指す。
本降りになる前に帰らなくちゃ…。
来ていた観客でごみごみする中、あの子とすれ違ったのに僕は気がつかなかった。
雨雲は風と一緒にやってきて嵐を起こした。