最近急に――いや、気付かなかっただけで前からそうだったのかもしれない――グリーンが大人っぽくなった。
まだ小さいうちからジムリーダーって仕事に就いていたから(性格云々は置いておいて)、大人になるのは他のヤツ等より随分早かった気がする。
それでなくとも僕はつい最近まで修行だって言って洞窟に引きこもっていたんだ、ほおっておいたらグリーンとの距離はどんどん離れていってしまう気がした。
「あれ? よおレッド、お前今日バトルフロンティアはいいのか?」
「別に毎日行ってる訳じゃないし。グリーンは、ジムの仕事は?」
「俺も今日は一日オフ」
そう言いながらグリーンはウインディの頭をよしよしと撫でた。
今日はゆっくりとこいつらのブラッシングをしてやるんだと嬉しそうに笑っていた。いつもはナナミさんに任せっきりだからって。
「レッドは? どっか出掛けんのか?」
「別に……今日は一日寝てようかと思ったんだけどさ」
「寝てる暇あったらポケモンの世話でもしてやれよ! よし、今日はレッドも一緒にポケモンのブラッシングな」
「ハァ? いいよ僕のポケモンはそういうのは――」
「はい、決定! 姉ちゃんからブラシ借りてくっからちょっと待っとけ」
有無を言わさぬ物言いで去っていってしまったグリーンに、何も言えずにぽりぽりと頭を掻いた。
正直、グリーンと2人でゆっくりとした時間を過ごせるのは久しぶりで嬉しい。でも、グリーンが変わってしまった事について知ってしまうのも悲しかった。
ずっと良い思い出のまま時間が止まってしまえばいいのに。
「いっそ自分から壊しちゃうか」
ブラッシングの為にボールから出してやったエーフィにそう語りかけてみるけれど、エーフィはツンと顔を背けたまま何も反応を見せなかった。お前は何も手入れしてやってないのにいつも身綺麗だよな。
「お待たせ、姉ちゃんのだから壊すなよ」
手渡されたブラシを受け取って、地面にあぐらをかいて、まずはエーフィにブラシをかけてやる。膝に乗ったエーフィは気持ちよさそうに目を細めた。
「お前とこうやって話すのも久しぶりだな」
「そうだっけ?」
「そうだろ。レッドがシロガネ山に籠もってた頃も会うの大変だったけど、会いに行こうと思えば会いに行けたし。まあレッドが脱ニートしただけでも喜ばしいんだけどさ」
「っさいなあ、別に収入はあったし」
「たまに来るトレーナーから巻き上げてただけだろ! ……ま、そりゃ今も同じだけど」
「…………」
喋りながらもブラッシングの手を休めないグリーンの横顔を横目で見たけれど、大人っぽくなったその顔に悲しくなって、またすぐに手元に視線を戻した。
昔話みたいに語って欲しくなかった。確かに山籠もりするのはやめたけど、僕は昔と何一つ変わってないのに。その落ち着いた話し方も、僕が知ってるグリーンじゃない。
なのに、今も変わらずグリーンが好きな僕がいる。
「あのさ、グリーン」
「ん? なんだ?」
さっきまで僕の方なんて全く見なかった癖に、何でこういう時に限って僕の目を見てくるんだ。大人みたいに小さく笑った顔が酷く僕を動揺させた。
そうだ、言ってやればいい。言ってグリーンに軽蔑されて、もうこんな風に話しかけてこなくさせればいい。そうすれば僕は過去の楽しい思い出に縋って生きていける。
「……やっぱり、いい」
なんで言えないんだろう。
「……はーっ、相変わらずレッドってわかんねぇ」
「なんだよ、別にいいだろ」
「昔っからよくわっかんねぇヤツだったけどさ、最近更によくわかんねぇ。昔みたくアホ面で笑わなくなったし、返ってくる返事も覇気がねぇし。俺はレッドがボケてツッコミ入れてねぇとなーんか調子狂うんだよな」
何言ってるんだ、グリーンは?
変わったのはグリーンの方なのに、僕は何も変わってないのに。
「レッドは俺とは違う道を歩いて行くんだな」
立ち上がったグリーンは、また僕の嫌いな大人の顔で笑った。
胸が痛い。
「…………じゃあな」
去っていくグリーンは、一度もこっちを振り向かなかった。
言えない気持ち
(子供のままの僕/俺には、まだ言う勇気がない)
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