君が消えて僕を知った日
「さーいしょはグー! じゃーんけーん……」
マサラタウンのはずれで遊ぶ二人の子供の声が辺りに響く。
元々住人の少ないこの町は子供自体少なくて、同い年なのはこの2人だけ。昔から何をするにも2人一緒だったレッドとグリーンは大層仲がよかった。
「げーっ、オレが鬼かよ!」
「イヤなら明日のおやつにクッキー3枚――」
「なんで1回の遊びの為におやつかけないといけねぇんだよ! わかったよ、数えるから早く隠れろよな!」
ちっ、と指をならすレッドを横目にグリーンは木に体を預けて数を数え始めた。
100数えたところで顔を上げれば、当たり前だけれどそこにはもうレッドの姿はなくて、なんだか妙に不安な気持ちになった。
「……ちぇーっ、あいつ隠れるの上手いんだもんな」
ぶつくさ文句を言いながら、まずは近くの草むら、家の陰、それから町中の家の中なんかも探して回る。
けれどどんなに探しても見つからなくて、すっかり探すのに飽きてしまったグリーンは疲れた足を折って地面に座り込んだ。
「あーもうめんどくせぇ! もーオレの負け、降参でいいから他の遊びしようぜ!」
隠れているレッドに聞こえるようにと大きな声でそう言った。
けれど、その声の返事はいくら待っても返ってこなくて。
妙な胸騒ぎを感じてグリーンは再び辺りを探し始めた。
「レッド? おい、さっさと出てこいよ。……レッド? 降参だってば!」
どうしよう、レッドが出てこない。いつもだったらすぐにどや顔で出てくるのに。
もしかして隠れている間にレッドに何かあったんじゃないだろうか、オレと遊ぶのが嫌になったのかも。
そんな感情がどんどん心の中を支配していって、言いしれぬ不安に襲われた。
「ん? どうしたグリーン、レッドは一緒じゃないのか?」
「じいちゃん!」
出掛け先から戻ってきたオーキドに、助かったとばかりにグリーンは駆け寄った。
「レッドが、いなくなっちゃったんだ!」
「んん? それは一体どういうことだ」
「かくれんぼしてたんだけど、オレ見つけられなくって。でも降参だって言ってもレッドぜんぜん出てこないし……」
泣きそうなのを必死に堪えて言うグリーンの頭を、オーキドはそっと撫でた。
瞬きして涙がこぼれないようにゆっくりと顔を上げれば、オーキドはいつもと同じ笑顔で言った。
「なあに、意地になって隠れてるだけじゃろ。そのうち出てくるさ」
「〜〜〜〜」
やっぱりオーキドには伝わっていなかった、この自分の中にある根拠のない不安は。
もういい! そう言ってグリーンは再び駆けだした。
(もしかして、ポケモンのいる草むらの方に入っちゃって出てこれなくなったのかも。レッドはバカだから。そうだ、オレが助けてやんないと!)
急いで自分の部屋に戻れば、おもちゃ箱から昔オーキドに買って貰ったおもちゃの剣と盾を取り出した。
それを両手に携えれば、目指すはいつも入るのを禁止されている野生のポケモンのいる草むらだ。
(こ、怖くない、怖くない! オレは強いんだ、レッドの事、オレが助けるんだ!)
いったいどんなポケモンがいるんだろう、もっと小さい頃に興味本位で覗いてみて怒られたことはあったけれど、今目の前にしてみると恐怖の方が先に出る。
すう、と深呼吸をひとつすれば、覚悟を決めて草むらに最初の一歩を踏み出した。
「なにやってんの? グリーン」
「……え?」
なんだ、幻聴か?
ゆっくりと後ろを振り向けば、そこにいるのは紛れもなく自分がずっと探していたレッド。しかも一人でドーナツをもさもさ食べている。
「おま、今まで何っ」
「トイレ行ってたらいつの間にかグリーンがいなくなってて、めんどくさいからお母さんにおやつ貰ってきた。それより、なにそれ。今度はごっこ遊び?」
グリーンが手に持つ盾を、ドーナツでベタベタになった手で遠慮なく触るレッドだったが、暫くグリーンは何も言わなかった。
「グリーン?」不思議に思って顔を上げれば、グリーンの瞳からボタボタ涙がこぼれていてレッドはぎょっとした。
「何で急に泣いて……」
「〜〜っ、うっせえ! オレは今日から花粉症だ!」
「はあ!? っあ、グリーン!? 剣士ごっこは!?」
駆けだしたグリーンはまっすぐ自分の家に入って行ってしまって、レッドはぽかんと固まったまま追うことはしなかった。
ぽりぽりと頬をかいてみても、グリーンが泣いた理由はレッドにはわからない。
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