暑っくるしい真夏の弓道場に、蝉のやかましい鳴き声がリピートで響く。暑いったらありゃしない。汗がバケツをひっくり返したように流れ、何度も拭う。俺は正座しながら変わったクラスメイトを見上げた。
パァン!と景気の良い音と他の部員の的中の声。





「弓道部?」
「そ、俺入ってんだ。」
「へえ、お前が?」
「意外か?」

意外に決まってるだろう、とその時は思った。
だって袴を履いて弓を引きながら、一点を見つめて集中する姿が似合わなかったから。
どうせ的に一本も当たらないだろうなんて心の奥底で嘲笑。けれどツネカズが見に来いよ!と五月蝿いものだから見に行ってやったのだ。だから外した時に思いっきり馬鹿にしてやるつもりだったのに、前言撤回だ。どうして阿呆丸出しの屈折のない馬鹿明るい笑顔ばかりするふざけた奴が、こんなに真剣な眼をしているのだろう。
そりゃあ弓道には集中力と鍛えられた精神力が必要、だと思う。
でもこれはいくら何でもキャラが違い過ぎる。
何とも理解し難い奇妙な焦りが生まれ、それに気付いた俺はさらに慌ててしまった。ただ座って見ているだけなのに異常に流れる汗はきっとこれのせい。俺はスカートを握りしめて、次の動きを待った。
パァン!とまた的を射た音が響く。ああ、どうしとそんな真剣な顔が出来るのだろう。まるで獲物を狙う鷹のごとし。しかしけしてギラついているわけではなく、風のない原っぱにいるような静寂がその緑の瞳に宿っていた。
まるで自分の知らないクラスメイトの姿がそこにある。
友達、と呼べるような関係になったきっかけはツネカズが俺に話かけたから。第一印象はどこにでもいるような頭の軽い、チャラチャラしたヤツだった。きっと女子なら誰でもいいんじゃないのか、とか疑った事もあった。だって奴の周囲には女子がいつもいた。けれど同じくらいに男子もいた。奴はそんなふざけた馬鹿な人間ではなくて、人を惹き付ける何かを持っていただけだった。それの正体は、未だわからないけど。

「…ありがとうございました。」

矢を使い果たし、リーフは礼をして厳かにその場を後にする。
だからそんなお前、俺は知らない。
暑い場所にいたからか俺はさっきから意味不明な事ばかり考える。ああ帰りたくなってきた。ちょうど正座しているのも飽きてきただし、痺れてきた。どうせツネカズを見に来ただけだ。まあ良いだろう。俺は鞄を担いで立ち上がる。一応お邪魔していたので部員らに会釈をして弓道場を後にしようとする。するとリーフに感ずかれ、奴はバタバタと慌てながらこっちへ来た。

「もう帰るのか?」
「別に、もう見たから。」
「どうだった?」
「外すかと期待してたんだけど、残念だったな。」
「おまちょ、この野郎!」

そうだ。その溢れんばかりの笑顔と焦った喋り方が、俺の知っているお前なんだ。どうしてコイツはこんなに色んな顔を持っているのだろう。俺はきっと他人よりも人付き合いが不器用だから、ツネカズやリーフみたいに上手く人のコミュニケーションが図れない。俺がお前のように様々な顔を持つようになれば、その問題は解決されるだろうか?
ツネカズは俺が何を考えているか知るわけがない。知っていたら、否もしも知られてしまったら消えてしまいたい。ツネカズは馬鹿だけど、気付いてほしくない時に気付くから。
真夏の太陽が傾き始め、虫の鳴き声と共に緩やかに風が凪いだ。

「…汗臭い。」
「ヒドッ!マジかー!うわ、リセッシュリセッシュ!!」
「じゃあ俺帰るな」
「え、」
「なんだよ」
「一緒に帰ろうぜ。…待ってろよ」

はし、とリュックを持っていない手を掴まれ俺は固まった。
どうして、とか、なんで、とか。
なあ知ってるかお前はかなり女子に人気あるんだぞ。俺なんかがお前と一緒にいて言い訳ないだろう。なあ、知ってるか俺はお前の行動に一々振り回されているって事を。
お前は俺を気まぐれだとか思っているかもしれないけれど、それは違う。感情が上手くついていけないだけなんだ。可笑しいな、どうしてだろう。
リーフに兄ちゃん、ヒビキにグリーン、コトネ達は平気なのに、どうして俺は、
掴まれた手を、ツネカズにキュと握られる。

「中入ってまた見てて」
「…おう」


震える心音、蝉の声
(…、…… 真剣な視線に焼き殺されたい、とか思ったのは何故だろう)




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