シロガネ山には赤い帽子をトレードマークとしたトレーナーがいる。
そのトレーナーの名はレッド。彼は雷の使者と謳われたピカチュウを筆頭とし、怒り狂う炎のリザードン、不朽の花フシギバナ、水大砲の使い手カメックス、暴食者のカビゴン、絶対凍土のラプラスを所持し挑戦者を待っているという。
彼は8つのバッジを得てすぐにチャンピオンリーグを制覇。若干11歳の年端のいかぬ子供であった。だがその少年は絶対の力を持つにも関わらず突如忽然と姿を消した。自分を産み育てた唯一の肉親である母親にすら一切の連絡もせず、ポケモン図鑑の父であるオーキドにも告げず、共に高みを目指したライバルすら置いて彼は消えた。チャンピオンの座は空白となり今は彼のライバルが座っているという。
そして彼はついに頂点、と謳われるようになった。
それは自ら望んだ地位なのかそれとも。




「…だって、ピカチュウ。」
「チャア!」

まるで自分の様だ、とレッドは相棒のピカチュウを撫でながら、ひっそりと嘲笑した。そんな馬鹿げた噂を、と初めて耳に挟んだ時は哂った。けれどその噂を真に受けて実際に戦ったトレーナーがいた。彼から話を聞くとそのトレーナーの特徴はまるで自分だった。だから彼は自分を見た途端に「レッドさん、いつ山から降りたんですか?」なんて言ってきたのだ。
アナタハレッドサンデスカ?
実は言うと、そんな言葉をかけられる度に僕はなんとも言えない気持ちになった。別に好き好んでロケット団を潰したわけじゃない。ただそこに困っている人がいた、助けを求めてくる人がいた。だから手を貸した。泣きじゃくる子供がいたから飴玉を上げる事と同じ事だ。
僕は最初純粋にバトルをしようと思い、オーキド博士の手伝いに興味を持っただけだった。別に正義のヒーローになりたいわけじゃなかった。
なのに何処にいっても自分の名前を呼ばれ、地元の人達しか知らない情報までも行き渡るようになった。図鑑を持っていれば見せてくれ、ピカチュウを連れていれば皆ぬいぐるみを扱うようにし、自分が街にいるだけで人波に呑みこまれた。満足に買い物もできず、自分の行方を下手に母やグリーン、博士に伝えればマサラタウンがどうなるか、簡単に想像が出来た。だから誰にも告げずひっそりと消えようとした。自分のトレードマークの赤い帽子も捨て、ピカチュウをモンスターボールに入れ、噂が消えるのをじっと待ち図鑑だけを郵送した。

「そいつも゛レッド゛なんだって、…戦ってみたいかい?」
「ピーカ。」
「…だよね。でも僕は行かなくちゃならないんだけど?」
「ピカピ!」

首を横に振りながら返事をする相棒はどうやら戦いたくないらしい。そりゃそうだ。まるでその少年は僕の幽霊みたいに一人歩きした噂なのだから。僕も出来れば戦いたくないし会いたくもない。けれど11歳だった自分の純粋なポケモンへの思いやリーグ制覇までの道のりを勝手に汚された様で、何かしら気分が悪い。噂の一人歩きの恐怖を知っていて彼はレッドであるつもりなのか、それとも愚かにも無知なままレッドであるのか。
それをはっきりさせたい。
目の前には厳しく雪の降り積もったシロガネ山。空は分厚い雲に覆われ頂を見る事が出来ない。僕は頂上がどんなに厳しい環境か知っている。一度行方をくらまそうと足を運んだ事があるからだ。僕は溜め息をついてボールをそっと撫で、カメックスを出す。ずっとボックスに入れたままにしていたあの日の手持ち。図鑑を埋めようと捕まえたポケモンはすでに野生に返したが、この手持ちの彼らだけは手放せなかった。共に歩み制覇を果たした仲間だったから。

「ごめんな、もう棄てたはずだったのに。」

カメックスの甲羅を撫でて言えば無言で首を振られた。バトルへの熱意も勝利への執着も、トレーナーとしても誇りも捨てたはずだったのに。けれど自分の今の格好はまさしくレッドだった。赤い帽子に赤い上着に、ジーンズ。身長が伸びてしまい新しくそろえた服。さらに8つ、否向こうで彼らの特訓がてらに得てしまったジョウト地方のバッチを身に付けた己。そして再びのリーグ。それらは全て非公式に行われた。
自分がバトルを、ポケモンを棄てたはずなのに。それでも僕は変われなかった。レッドを捨てたつもりが自分はまだレッドのままだった。ポケモンやバトルが好きなままだった。
僕は帽子を深く被りピカチュウを抱き上げ肩に乗せた。これが僕のスタイルだ。







「やあ、君がレッド? バトルしようよ、僕もレッドって言うんだ。」

猛吹雪の中にある覇者の背に言葉を投げかける。白しかない世界に赤い帽子が2つ。ピカチュウが2匹。相手は無言で答えない。しかし彼の背中は語っている。僕を…、゛レッド゛を待っていたと。今の僕はかつてのヒーローの少年じゃない。けれど僕はレッドだ。
降り注ぐ雪ごしに見ていた少年の姿が吹雪が止んで視界がクリアになる。少年はこちらを無言で振り向き、帽子のツバを通してじっとコチラを見た。見た目は噂通りであるが、僕より明らか年下である。灰色がかった茶色の毛は帽子に収まらないクセっ毛のようで左右に跳ねている。内心小さく笑ったが今はそれを表立ってはいけない場だ。何故なら僕のピカチュウが戦闘を始めてもいないのに放電しているからだ。それは相手のピカチュウも同じ事。まるでようやく巡り合えた好適手の様に二匹は睨み合っていた。
少年は深く被った帽子を少し上げて、目を露にした。まるで餓えた猛獣のように爛々とし、口元をニヤリと歪めていた。覗く犬歯が獣をより連想させた。僕は戦慄を覚え、拳を握り締めながら対峙する。

「…待ってたぜ、レッド。」

少年は獣じみた笑みを浮かべたまま言葉を発する。その声は未熟な少年の声であるはずなのに嫌に重たく聴こえる。あの噂はきとこの少年が流したに違いない、僕は察した。そしてまんまと僕を釣り上げたのだ。まるでコイキングか何かを釣り上げた釣り人の如く。

「そうかい。なら、」




ある青年の話
(まるで魔法をかけられたかのような運命)



戻る

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -