仮面舞踏会


「ファーイアー、暇ー」

 テレビゲームを黙々と進めている僕に、兄ちゃんがべったりと張り付いてきた。
 今バトル中だからジャマしないで、と一応言ってみるが、兄ちゃんが聞いてくれる訳もなく。

「私よりゲームのが大事だって言うのね!?」
「何で急に女言葉なのさ……って、あぁ! 勝手にスタート押さないでよ!」
「だって暇なんだもーん」
「それはさっき聞いたってば……」

 ポーズ状態になったゲームのコントローラを置いて、しょうがないじゃんと窓を見た。
 窓の外は暴風雨、台風が来てるらしい。夏なんだから台風の一つや二つ来るもんだろうと思うけど、中で遊ぶのより外で遊ぶ方が好きな兄ちゃんはさっきから時間を持て余してるようだ。グリーンたちと遊べないのも理由の一つだと思うけど。

「そんなに暇ならグリーンに電話でもしたら?」
「おっ、それ良い! ファイア、子機持ってこい!」
「なんで僕が……」

 面倒だけど、これで兄ちゃんが大人しくなってくれるならいっか、と思って廊下から電話の子機を持ってくる。
 さっさとそれを兄ちゃんに渡せば、僕は再びテレビに向かった。

「あ、もしもーし。グリーン?」
『なんだレッドか、なんか用か?』

 電話を掛けると、すぐにグリーンが出たようだ。
 めんどくせーなぁとか言いながらも声色が嬉しそうなグリーン、素直に喜べばいいのに。どうせあっちも暇してたんだろうな。

「うん、今すっごく暇でさぁー。グリーンちょっとこっち来てよ」
『てめぇ俺にずぶ濡れになれってのかよ!!』
「僕の為に大雨の中走ってこいよ」
『ふざけんな、断る!』

 兄ちゃんが僕の背中に凭れて話すもんだから、会話の内容は筒抜け。しかも兄ちゃんがグリーンを怒らすもんだから耳が痛い。
 離れて電話してくれないかぁ、これじゃあ電話かけさせた意味がないじゃないか。

『あれ、兄貴誰と電話してんの?』
『アホのレッド』
『マジで!? 俺も話す話す!』

 電話の向こうでグリーンが一人芝居を始めた……じゃなくって、声がよく似てるけどこれはツネカズか。

「はい、ファイア。パス」
「え、パスって、ちょ――」
『もしもしー、レッドさん?』

 いきなり子機を僕に押しつけてコントローラを奪い取る兄ちゃん。
 ちょっと待った、と言う前に電話の向こうからツネカズの声が聞こえた。

「いや、あの……」
『あ、聞こえた。レッドさん兄貴と何喋ってたの?』
「え? えーっと、グリーンをいじって遊んでた」
『あははっ、何それ! だから兄貴怒って2階行っちまったんだ』

 けらけらとツネカズが笑う声。
 もしかして、まだ兄ちゃんが話してるって勘違いしてる?
 ……ちょっと兄ちゃんのフリしてみても、罰当たらないよね。

「ファイアがゲームばっかりして遊んでくれないから」
『ファイアらしーな、アイツ若干引きこもりだもんな』
「……」
『あ、そーだ。ファイアと言えば、ちょっとレッドさんに聞きたい事があるんだけど』
「え?」

 僕の名前を聞いて思い出したって、一体どんな相談だよ。
 え、ていうかこれ僕が聞いていいのか? 今からでも兄ちゃんに代わった方が……

『ファイアってさー』
「ちょ、ちょっと待――」
『やっぱ兄貴の事好きなのかなぁ』
「……は?」

 本当に突拍子もない質問に思わず思考が止まった。
 僕が? グリーンを?

「……そ、そんな訳ないだろ!」
『あははっ、なんでレッドさんが焦んのさ』
「え……あ、いや、」

 そうだ、僕は今兄ちゃんって事になってるんだ。
 落ち着け、深呼吸。

「ファイアは、その。グリーンに恋愛感情とかそういうのは持ってないと思うよ」
『そうなの?』
「うん、なんていうか、憧れみたいな。本命は別にいる……と、思う」

 ……って、何言ってるんだ僕が!
 やばい、恥ずかしい! さっさと話終わらせよう!

「じゃ、そろそろ――」
『良かったー。俺さ、実はファイアの事が好きなんだ』
「…………は?」
『だから、ファイアの事が好きなの』
「……」

 すき? すきって、好き? ツネカズが、僕の事を?
 つーか、そんな軽いノリでしかも電話で! ……あ、今兄ちゃんのフリしてるんだっけ。

「へ、へぇーそうなんだー。し、知らなかったなー」
『んで、ファイアは俺の事どう思ってる?』
「や、そういうのは本人に……」
『だからこうやって本人に聞いてんじゃん』

 何言ってるんだコイツは、もしかして僕の名前と兄ちゃんの名前間違えたってオチ? いやいや、それじゃあ話の前後がおかしいだろ。
 返事をせずに一人頭の中で考えていれば、電話の向こうのツネカズがくつくつと笑い出した。

『ファイア、右向いてみ?』
「右?」

 言われた通り向いた先にあるのは、カーテンが開けっ放しにされた窓。
 雨で所為で視界が悪いけど、その向こうで窓から手を振ってるツネカズの姿が見えた。

「な、な、な……! い、いつから気付いて……」
『最初っから。ファイアあれでレッドさんの真似出来てると思ってたんだ、うけるー』
「……っ!!」

 は、恥ずかしい! 埋まりたい、いっそこの台風の中外に飛び出したい……!
 ベッドの上で一人悶えていたら、兄ちゃんがちょっと心配そうに僕の名前を呼んだ。けど、それを遮るように耳元からツネカズの声。

『それで? ファイア、さっきの本命って誰?』
「〜〜っ、兄ちゃんに決まってんだろバカ!!」

 ダンッ! と音が響くくらいに力一杯電話を投げつけた。
 カーテンを閉めて、再びベッドに戻れば頭から布団を被って丸くなった。
 ゲームを放置して兄ちゃんが近寄ってくるけど、頭が上手く回んなくって返事なんか出来ない。顔があっつくて、心臓がうるさく鳴ってて。

(ぜったいに本命なんて言ってやんない!)

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