ツネカズはファイアに対して言葉では形容しがたい感情を持っている。そしてそれを持て余している。この感情に名前を付けるとしたら何だろう。
ファイアとは選択授業で知り合った少女。同い年であるはずなのに何処か達観した考えを持ち、同時に名前の様に炎じみた情熱を持っている。彼女は絵を描く事が唯一の自己表現なのだと、寂しそうな笑みで語った。その時ツネカズはどうしようもなく、抱き締めたくなった。
ツネカズはファイアの描く絵画やイラストが好きだ。まるで魔法の様に沢山の画材を使いこなす。以前美術部の課題、人物を題材にしたモデルを頼まれた事があった。その時のあの真剣な表情、静寂であるはずなのに熱を孕む空気、何故か金縛りにあったかの様な気分。絵に対する情熱がツネカズを金縛りにしたのだ。ただ花を抱え椅子に着席し続けるだけの事なのに、ツネカズは柄にも無く緊張もした。
今、目の前にはファイアがいる。今度は授業の課題で居残りだそう。それはツネカズも同じだ。ファイア曰く、凝りすぎて時間が足らなくなってしまったらしい。彼女はせっせと油絵の具を乗せた筆を動かす。やはり彼女の視線は真剣そのもの。それがツネカズを金縛りにする。まるで射抜かれたように、身体が自由を無くす。だからツネカズの課題は、いつも美術だけ遅れしまうのだ。

「ファイアー」
「…、……」
「絵となると何も聞こえないファイア」
「……、……、」

彼女は集中しだすと一切の音をシャットアウトし、意識を創作の世界に深く潜る。観察、ずっと見ていると面白いものだ。今は細かい部分の塗りに入ったからか、自然とファイアのチョコレート色の瞳は伏し目がちになる。灰色がかった短い髪が、はらりと目の横に落ちるた。
(…邪魔そう)
けれどもファイアは手を止めない。ツネカズは溜め息をついて自分が挿していたピンで落ちた毛を止めてやる事にする。触れた髪の毛は癖で跳ねていて固そうな印象だったが、案外柔らかい。毛先を摘まみ、耳にかけるようにしてピンを挿す。 …やはり何のリアクションもない。悪戯心が芽生え顎の骨あたりから首筋を指先で撫でる。

ガタンッ!と机が派手に音を立て、水入れ内の色水に波紋が走った。

「あ、悪い」
「ッば、何すんだ!」
「ピン挿してた」


ファイアが首筋を手で抑えながら大声を出す。どうやらかなり驚かせてしまったようだが、ツネカズはその慌て様が珍しくて笑ってしまう。ファイアはやる気が削げてしまったのか後片付けを始めた。今度はツネカズが慌てる番だった。
ファイアはツネカズから顔を背けガチャガチャと、いつもより乱暴に音を立てる。ちょっとした悪戯だったのにどうやら怒らせてしまった様だ。

「ごめんな」
「い、いきなり触るなッ」

申し訳なくなり謝罪を言葉に乗せる。それでも彼女はこちらを向かない。むしろそのままで一言くらい、ファイアは早足で水道へ向かってしまった。ツネカズも後を追い水入れの色水を流す。真横に並びちらりと盗み見ると、夕焼けでもないのに耳が赤かった。

「…ファイア」
「んだよ?」
「耳赤い」
「えッ…!」
「赤いよ」

ファイアは水を流したまま両手で耳を抑える。その仕草にツネカズの心の、胸の奥底がじわりと名前のない感情で染められた。そしてツネカズは彼女を抱き締めたい、だなんて思った。

「ファイアさん」
「何だよ、…ツネカズくん」
「抱き締めさせて」




感情論に基づき、
(そうかこれは恋だ)



戻る


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -