泣きっ面に花


「マジありえねぇ!」

 ドタドタと騒がしい足音が近づいてきたかと思えば、勢いよく部屋の扉が開けられた。
 後ろを振り向くよりも先にその声でやってきたのはファイアだとわかったから「どうしたー?」なんてのんびり雑誌を見ながら聞いてやれば、ファイアは僕の寝転がっていたベッドにこれまた勢いよく腰掛けた。おい、ベッド壊れたらどうしてくれんだ。

「何で俺よりお前のが人気あるんだよ!」
「そりゃあ僕が強くてカッコ良くって男前で気配りが出来てそれでいてクールででもポケモンを慈しむ心が……」
「ンな事聞いてねぇしそれ全部嘘だろうが!」

 ファイアに首根っこを掴まれて無理矢理雑誌から目線を引き離された。
 仕方なく起きあがってファイアの方を向き直せば、怒りに震えるファイアの目にはほんのり涙が溜まっていた。感情が高ぶるとすぐ涙が溢れるのはコイツの昔からの癖だ。

「つーか、シロガネ山に修行に行ってたんじゃなかったの?」
「だから、そこで修行してたらトレーナーが来て、丁度良いからバトルでもしようかと思ったんだけど……」
「もったいぶってねぇでさっさと言えよ」
「鼻ほじりながら聞いてるヤツに言われたくねぇよ! 正座だ正座して聞け! あとその指ちゃんとティッシュで拭けよな!」

 全くファイアは変なとこ面倒くさいなぁ……別に女の子が見てる訳でもないんだからどうでも良いのに。
 それでもファイアの睨みつける攻撃が余りに強力だったので(コイツ睨みで人殺せると思う)大人しくベッドの上に正座すれば、やっと落ち着いたようでファイアは息をついた。

「ソイツが……「貴方はレッドさんですか!?」とか聞くんだよ!」
「喜ばしい事じゃんか」
「何処がだよ!」

 ついに出た拳を難なく受け止めれば、ファイアは更に怒りを増して泣きながら反対の手やら足やらで攻撃してくる。ちょ、腹にキックとか流石にキツイんですけど……
 暴れるファイアを取り押さえていれば、いつの間にか体制は泣いてるファイアを僕が無理矢理押し倒してるみたいな構図になっていて……これ、今グリーンとかやってきたら上手く言い訳出来る自信ないな……。

「一回や二回じゃないんだ、俺も頑張って強くなって、殿堂入りだってしたのに……なのに、俺がレッドじゃなくてファイアだって言ったら皆がっかりした顔してどっか行っちゃって……」

 しゃっくり混じりにファイアは言った。
 目から相変わらずぽろぽろと涙が溢れていて、頬を伝うそれをぺろりと舐めてみれば、ファイアは予想通り驚いた顔をした。

「な……」
「しょっぱい」
「当たり前だろ!」

 やめろと言って出てきたファイアの手を再びベッドに縫いつければ、反対側の頬も舐めてやった。やっぱり口の中にはしょっぱい味が広がったけど、その綺麗な涙が流れていくのが勿体なくって、耳の近くまで流れた涙も舐めてみればぴくりとファイアの体が震えた。

「ファイアの強さを知ろうとも思わない馬鹿なんてほっとけばいいじゃん」
「でも、」
「僕はファイアが強いのは知ってる。それだけじゃ駄目? それに、ファイアが強いっていうのが知れ渡ってちやほやさせるのもなんかむかつくし……」
「……」

 僕の言葉に、ファイアは何も言わずに壁の方に視線をずらした。真っ赤になった顔は、泣いた所為か。それとも別の理由も含んでいるのか。

「聞こえた?」
「っ、聞こえた! から、その舐めるのやめろよな!」
「ファイアが泣きやんだらやめるよ」
「もう泣きやんでるだろ!」

 ちぇっ、バレたか。
 最後にちゅっと頬にキスして離してやれば、ファイアは「馬鹿!」と大声で叫んで部屋を出ていってしまった。
 あーあ、手離さなきゃ良かったかな。ま、気が晴れたみたいだったし良いか。
 窓の外でぐっと伸びをしてるファイアに安心して、自然と笑みが浮かんだ。 

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