絵を描くのは小さい頃から大好きだ。よく兄やそこらへんにある静物を描いたりもしたし、小中共に表彰を受けた事もある。
授業でも一等得意であった。でもそのせいかよく根暗だのオタクだの罵倒された事もある。気にならなかったと言ったら嘘ではないが、些か喧しいと思うぐらいだった。
そんな小さな狭い世界に永遠に在住予定だった俺は、高校入学後大きく変わる事となった。






春の陽射しが心地よい学校の裏庭で、俺は絵描いていた。
何色にも染まっていないまっさらなキャンパスを撫でて、画材入れと化した焦げ茶色のキャンパス地のメッセージャーバックから絵の具、絵筆、そしてパレットを取り出す。
今回は主線無しに挑戦しようと思い鉛筆は持ってきていないのだ。
余分に買ったミネラルウォーターで絵の具を弛く溶かし、キャンパスに直接色陰用の青を塗り付ける。続いて淡いピンクに幹の茶系、そして日向で寝ている猫も描き足してゆく。
本当に今日は良い天気だ。穏やかな空と桜はありきたりであるが毎年美しいと俺は思う。

「なあ!何描いてんだ?」

がばり!と後方から肩をいきなり掴まれ引かれた。急な事に対処出来ず絵筆を握ったまま、目を瞑って倒れる。地面と仲良しになるかと思いきや、丁度90度に体は止まる。背に当たるのは相手の足だろうか。何だコイツいきなり人の邪魔をしやがって、と思い伏せた瞼を開く。

「!」
「な。何描いてんだ?」

なんて鮮やかな緑。
そこには見た事の無い目の色をした奴がいた。相手と目を合わせるのが嫌いな俺が、誰かと視線を交えた瞬間である。
目の前の人物の瞳はまるで初夏を思わせる鮮やかな新緑の色。太陽の光に当たるとエメラルドみたいに光っていた。それこそ飴玉のように、

「…綺麗だ。」
「は?なぁなぁ、何描いてんだよっと!」
「あ!!」

目だけは綺麗な相手は身体を前項倔させたまま脇からキャンパスを奪った。なんて失礼な奴だ、と思うよりも先にまだ未完成の絵を見られるだなんてという絵描きの心が騒ぐ。そのことに俺は愕然し、なんとか取り替えそうと立ち上がった。すると相手の顎がガツンと頭に直撃した。痛い。けれど相手は大したダメージがないようだ。なんだコイツ、鋼鉄の顎か。

「へえ、上手いな」
「返せ!」

痛みから我に帰り立ち上がってキャンパスを奪おうとする。しかし一歩相手が先にかわし、空振って空気を掴む。相手は気にも止めず未完成のキャンパスを好奇心いっぱいの視線を向けていた。いきなりキャンパスを奪ってさらに描いていた人間を空気とするとは何事か。人を久しぶりに殴りたいと思い、拳を握る。
大体なんだこの失礼極まりない馬鹿は。俺の嫌いな人間ランク1位のタイプだ。

「なあなあ!お前なんての?」
「はあ?」
「何かどっかで見た事ある作風だから。」
「…ファイア、だけど。」
「ファイア?!じゃあやっぱし!なあなあ、どっかで展示してたよな?」
「…何で知ってんだ。」

怪訝にまじまじと相手を見ると何を勘違いしているのかニコリと笑みを浮かべた。何だ、一体何処で俺はコイツに自分の絵を知られたのだろう。しらず嫌な汗がじとりと背を伝う。
兄には迂闊に俺の絵の話をあまり周りにしないよう口止めをしていたのに、一体どうやって知られたのだろう?分からなくて首を傾け眉間に皺をよせたしかめっ面をする。
目の前には愛想良いつもりであろう馬鹿。さっぱり結びつかない。


「んなしかめっ面すんなよな。」
「俺はお前と初対面だ。」
「全国学生美術部。」
「…あ。」
「思い出した?優秀作品お前だろ?俺誰が描いてたか気になってたんだ。すっげぇ綺麗で、なんてゆかファンタジーみたいな感じでさ。」
「待てよ、だからなんで知ってるんだ。」
「兄貴に誘われて昔見に行ったんだ。お前の兄貴レッドさんだろ?兄貴と同じ中学だったんだ。その伝だよ。」

アレほど他言するなと言ったのに無表情の癖してあの兄馬鹿め。俺の知らない所で勝手に縁が出来てしまっていた。そして知らぬは己だけ。それが無償に悔しくて恥ずかしい、クソッ!
地に伏せてしまいたいのを我慢し、ぐるぐると考えていると奴は「なあ、」と俺を呼んだ。何だと思えば奴は未完成のキャンパスを両手で差し出していた。一瞬何の事かわからなくなり、ぽかんと相手の顔を見つめると奴は愛想良い人懐こい笑みを浮かべた。

「これ返すよ、まだ途中だもんな。」
「あ、ああ。」

キャンパスを受け取り描きかけの絵を見る。続きを描こうにも絵の具はすっかり渇いてしまい、筆もパリパリになっていた。折角準備して絵をもくもくと描いていたのに集中力なんてとっくに切れてしまっていた。ああもう、調子が狂う。
どうしたものかと溜め息を付くと、再び声をかけられた。

「完成したら見せてな!」
「別に、良いけど…」
「マジで?俺ツネカズってんだ!よろしくな!」
「ああ…、」



嵐みたいな向日葵
(まるで調子狂いの花のように温かな笑みだった。)



戻る

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -