気になるのは



 毎週水曜日、いつも同じ時間の同じ電車、同じ車両に乗り合わせる人がいる。
 俺よりも背の高いその人は、正面から顔を見た事はないけれど、多分大学生くらいだと思う。
 毎回同じ形のジーパンを穿いていて、けれど色が微妙に違うから同じ形のをいくつも持っているんだろう。
 そしてそのジーパンの後ろポケットの蓋が、何故か毎回片方だけ上がっている。

(な、なんで毎回片方だけ……!? え、新しいお洒落なのか!?)

 笑っちゃいけない、と自分に言い聞かせて、口元を手で覆って笑いを堪える。
 だったら見なきゃいいんだろうけど、なんとなく目で追っちゃって。つーか他の人たちは気になんないのか?

(……っと、乗り換えだ)

 俺が電車を降りようとすると、そのジーパンの人も一足先に電車を降りる。俺はそんな彼の後ろ姿を眺めながら階段を上がっていく。
 次の電車のホームでは見かけないから、多分この駅で降りるか他の線なんだろうな。今日も最後までポケットの蓋は上がったまま、ジーパンの人は去って行こうとしていた。

「サートシ君、何を見てるんだい?」
「うわっ、シゲル!」

 いきなり声をかけられて驚いて振り向けば、すぐ近くにシゲルの顔があってまた驚いた。
 しかもその表情は何故か怒っているようで。シゲルの視線を辿れば、ああ、さっきまで俺が見てたジーパンの人だ。

「知り合いか?」
「いや、別に。知らない人」
「フーン? それにしては熱心に目で追っていたみたいだけど」

 俺を見るシゲルは笑っているけど、目は笑っていない。やっぱり怒ってる。
何で怒ってんだ? 俺怒らせるような事……って、今会ったばっかりだし。

(……もしかして、嫉妬してる、とか?)

 その考えまで行き着けば、納得。シゲルは俺がジーパンの人に見惚れてたとかそんな風に勘違いしてんだ。
 おもしれーっ、シゲルが嫉妬するなんて滅多にないし、ちょっとからかってやろっと。

「いやー、ちょっとあのお兄さんカッコイイなとか思って」
「!!」

 俺のちょっとした冗談に、シゲルはぴくりと眉を揺らした。
 いつも俺ばっかりからかわれてるから、ちょっと仕返し。これくらいやったってバチあたんないだろ?

 さってと、そろそろ学校行こうぜ。
 そう言って歩くスピードを早めようとしたが、それより早くシゲルに腕を捕まれ、ぐいぐいと引っ張られる。……え?

「サートシ君の見惚れる程の顔がどんなか、ちょっと見てやろうじゃないか」
「なっ! なに言ってんだよシゲル!」
「大丈夫、遠くから見る分には気付かれないさ」
「そ、そういう問題じゃなくって……!」

 俺の手を引くシゲルを止めようにも、シゲルのが力が強いから結局それは無駄な抵抗に終わってしまう。
 やべ、冗談のつもりだったのにシゲルってばすげー本気にしてるよ。
 つーか俺だって顔見た事ないのに、それが俺の好みだとか思われてもなぁ……

「ほ、ほらシゲルっ、学校遅刻するぜ?」
「何言ってるんだ、まだ全然余裕が――……」
「? シゲル?」

 シゲルがいきなり足を止めれば、必然的に腕を捕まれていた俺も止まらざるを得ない。
 それよりもいきなり黙り込んだシゲルが不思議で、さっきと同じようにシゲルの視線の先を辿れば、階段の下にさっきのジーパンの人が見えた。
 つか、あれって……

(シ、シゲルと同じ顔……!!)

 正確にはシゲルより大人っぽいけど、シゲルがもう3年くらいしたらあんな顔になるんだろうなって感じの顔で。しかも髪型まで同じときた。
 へー、似てる人って意外といるもんだな。しかもこんな身近に。ちょっと感心しちゃったけど……あれ? ちょっと待てよ? そういえばさっき俺、確か……

「フーン、あれがサトシの好みの顔か」
「っ!! ち、違っ!」

 否定しようと急いで顔を上げれば、そこにはニヤニヤと笑ったシゲルの顔があって、恥ずかしさに上手く言葉が出なくなってしまう。
 それを言いことに俺の肩に手をかけてくるシゲルを、人に見られるだろっ、と言って押し返せば、「誰もいなければいいのか?」なんて揚げ足を取られた。それでまた顔が熱くなる。
 結局今日もシゲルのペースだ。あーもうっ、今日は俺がシゲルをからかってやる筈だったのに!





「あれ? ファイア、何やってんだよ。講義遅れんぜ?」

 駅の改札で珍しく朝から出てきたファイアを見つければ、勿論すぐに駆け寄った。
 けれど何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回していたファイアは、俺に気付けば顔をじーっと見つめてくる。

「……えと、どーした?」
「……ツネカズにそっくりな顔のヤツがいたんだけど、見失った」
「え、マジで? 俺のドッペルゲンガー?」
「……お前もほんとにツネカズ?」

 そう言って遠慮無しに俺の頬をひっぱってくるファイア。
 いひゃいいひゃい、と主張するが、ファイアは一向に手を離す様子はなく、寧ろその表情には楽しそうな色が浮かんでいる。コイツ、絶対楽しんでやがる。

「つかまたポケットの蓋上がってるんだけど、恥ずかしいから一緒に歩かないでね」
「あ、マジだ――って、ちょ、先行くなって! 直したら良いだろ別に!」

 いつの間にか改札を出て歩きだしてしまっていたファイアを追うべく、俺も急いで改札にSuicaを当てた。
 未だ上がったままのポケットの蓋は、ファイアを捕まえてからでいいや。


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