Re&365! 拍手返信と日々の呟き ::小話(カトレア2/3) その日、私は1人だった。 図書館へと向かえば人気は少なく、周囲の視線もあまり気にならない。 久し振りにゆっくり出来そうだと館内の奥へと進んでいけば、ある一画に着いた途端にすっと空気が変わるのを感じた。 (…あれは、) 初めて見かけた時の様に。 彼はまたソファーに腰を下ろして足を組み、手元へと視線を落としていた。やはり必要以上に他人には興味が向かないようで、微動だにしない。 小さく笑いながら通り過ぎた瞬間、僅かな物音がして。 何かと振り返れば、彼もまた首のみを後方へと向けており、互いの視線がかち合う。 「何か…邪魔してしまったかしら?」 初めて彼の眼に私が映る。 どくりと大きく鼓動を打ち、次に彼の鼻がひくりと動くのを見て私は声を漏らした。 新作の試供品だからと、友人が振りかけていった香水は普段のものとは違う為か、私自身でも少し気になる匂いで。香るは、柑橘の匂い。 「匂いがきつかったかしら…ごめんなさい」 そう謝罪しながら私は内心驚いていた。 「別に…気に障ったワケじゃねェよ」 彼が口元を上げていたからだ。 いつもとは違う、穏やかに笑うその表情に少なからず心躍らされて。 そしてこの日を境に、互いの視線が交わるようになった。 知れば知る程に、私と彼はよく似た境遇だと実感する。 だが違う何か。単に性格故のものだけなのか。 彼は…そう、"強い"のだ。 誰に流される事もなく、自分自身を持っている。心も、言葉にも、そこには彼の意思が備わっている。 私とは、違う。 先に芽生えたのは憧れか、好意か。彼を知って1年が過ぎた頃には、私は彼に惹きこまれていた。 ▼ ローは"外"から見る以上に、情熱的であった。興味の向くものにはとことん尽くす人で、その大半は医学へ向けられている。 つまらない噂の様な行動はなく、彼の隣に女性の影がないのが不思議なくらいでもあり、同時に安心もした。 それから1年も過ぎた頃、私はローと恋人になる。きっかけは私から。久し振りに感情が高まった日でもあった。 ローは私が言葉にしなくても、考えている事を先に読んでいるかのように立ち振舞った。デート中、ふと目に止まったピアスを後日渡された時は驚いたものだ。 本当に器用な人だと思うしかない。 だが時間が経つにつれ、違和感も抱き始める。 ローには私の立ち入る事のできない境界があった。ローにとって私は、向上心を高められる相手ではあったが、それ以上は求めていなかったのだろう。 だがそれは私にも言えた事。 心のどこかで私はローでさえも信頼しきれなのだと気付いた時に私は別れを選び、あっさりと私達は友人へと戻ったのだ。 誰かを心から信頼できない。 これは私の弱さ。 様々な人達と交流してきた中で、楽しい事や感動する事、学ぶ事と同じくらいに目を背けたい事も見てきた。 それ故か、何事も穏便に済ませたいと思うようになった。顔に張り付いた笑顔が取れない。本音が言えない。 私はローと付き合う事によって変われるかもしれないと思っていた。だが結局、私は何も変われない。 別れてからもローを見かける事は多いが、相変わらず眩しく見える。ローは何故、あんなにも強くいられるのだろうか。 その疑問は常に私の脳裏にあり、それが判明したのはずっと先の事だった。 . back |