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::小話(カトレア2/3)


その日、私は1人だった。
図書館へと向かえば人気は少なく、周囲の視線もあまり気にならない。
久し振りにゆっくり出来そうだと館内の奥へと進んでいけば、ある一画に着いた途端にすっと空気が変わるのを感じた。

(…あれは、)

初めて見かけた時の様に。
彼はまたソファーに腰を下ろして足を組み、手元へと視線を落としていた。やはり必要以上に他人には興味が向かないようで、微動だにしない。

小さく笑いながら通り過ぎた瞬間、僅かな物音がして。
何かと振り返れば、彼もまた首のみを後方へと向けており、互いの視線がかち合う。


「何か…邪魔してしまったかしら?」


初めて彼の眼に私が映る。
どくりと大きく鼓動を打ち、次に彼の鼻がひくりと動くのを見て私は声を漏らした。
新作の試供品だからと、友人が振りかけていった香水は普段のものとは違う為か、私自身でも少し気になる匂いで。香るは、柑橘の匂い。


「匂いがきつかったかしら…ごめんなさい」


そう謝罪しながら私は内心驚いていた。


「別に…気に障ったワケじゃねェよ」


彼が口元を上げていたからだ。
いつもとは違う、穏やかに笑うその表情に少なからず心躍らされて。

そしてこの日を境に、互いの視線が交わるようになった。


知れば知る程に、私と彼はよく似た境遇だと実感する。
だが違う何か。単に性格故のものだけなのか。
彼は…そう、"強い"のだ。
誰に流される事もなく、自分自身を持っている。心も、言葉にも、そこには彼の意思が備わっている。

私とは、違う。

先に芽生えたのは憧れか、好意か。彼を知って1年が過ぎた頃には、私は彼に惹きこまれていた。







ローは"外"から見る以上に、情熱的であった。興味の向くものにはとことん尽くす人で、その大半は医学へ向けられている。
つまらない噂の様な行動はなく、彼の隣に女性の影がないのが不思議なくらいでもあり、同時に安心もした。

それから1年も過ぎた頃、私はローと恋人になる。きっかけは私から。久し振りに感情が高まった日でもあった。

ローは私が言葉にしなくても、考えている事を先に読んでいるかのように立ち振舞った。デート中、ふと目に止まったピアスを後日渡された時は驚いたものだ。
本当に器用な人だと思うしかない。

だが時間が経つにつれ、違和感も抱き始める。
ローには私の立ち入る事のできない境界があった。ローにとって私は、向上心を高められる相手ではあったが、それ以上は求めていなかったのだろう。

だがそれは私にも言えた事。
心のどこかで私はローでさえも信頼しきれなのだと気付いた時に私は別れを選び、あっさりと私達は友人へと戻ったのだ。


誰かを心から信頼できない。


これは私の弱さ。
様々な人達と交流してきた中で、楽しい事や感動する事、学ぶ事と同じくらいに目を背けたい事も見てきた。
それ故か、何事も穏便に済ませたいと思うようになった。顔に張り付いた笑顔が取れない。本音が言えない。

私はローと付き合う事によって変われるかもしれないと思っていた。だが結局、私は何も変われない。


別れてからもローを見かける事は多いが、相変わらず眩しく見える。ローは何故、あんなにも強くいられるのだろうか。
その疑問は常に私の脳裏にあり、それが判明したのはずっと先の事だった。


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2013.07.31 (Wed) 13:28
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