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::小話(エース)



「エース起きて!ねえってば!」


ゆさゆさと逞しい腕を引っ張り、肩を掴んで揺らし……と、どうにかして深い眠りから呼び起こそうと踏ん張る。
だが陽当たりの良い甲板の隅は相当に気持ち良いらしく、目覚めてくれそうにない。そしてこの幸せそうな寝顔のエースを見て、ほだされてしまう私も私なワケで。


「いやいや、起こさなきゃって…ーあ!」

「ほら、起きろい!」


ふと頭に重みを感じて振り向けば、マルコがひざあてよろしく私の頭に腕をのせて。涼しい目元はそのままに、眠ったままのエースに容赦なくかかと落としを食らわす。その衝撃を受けてかエースの座っていた木床に亀裂が入ったが、元凶でもあるマルコは何事もなかったかの様に去って行った。


「――痛ェ…!」

「えと、大丈夫?」

「ああ……でも良いところだったのに起きちまったなァ」

「へえ、一体どんな夢見てたの?」


さては食べ物か食べ物か食べ物か。いや、もう選択肢ないけど。思い付くものは限られていて……でも、少しだけ"期待"もあって。内心ときめきながらエースから続く言葉を待ってみれば。


「ルフィがよ、」

「ああー…弟くんだっけ?」

「あァ!イイ仲間を連れてな、新世界まで来て、」


どうやら私の予想も僅かな期待も外れたらしい。でも嬉々と弟くんを語るエースも、やはり私の好きなエースであって。相槌を打ちながら耳を傾けていれば、周りから家族の声が飛んできた。


「なんだエース!嘘でも"お前の夢を見てた"くらい言えりゃ、甘い夜を過ごせんのによ!」

「ガハハハ!違いねェ!」


期待は崩され、さらに野次に拾われ、私の乙女心は粉々よ。敵意ある眼差しでぐるりと声の主達を追えば、皆そそくさと業務の続きに精を出す。


「バカだなーお前ら!」


するとエースが声を上げて。
私も心の中で加勢する。そうよバカ共!見てなさい。今日のご飯を激辛スープにしてやるわ!


「こいつは手が届く場所にいんだから、夢に出る必要ねェだろ!」


そう言って腰に回された腕に怒りは消化され鼓動は大きくなり、途端に甲板に響いた冷やかしの声に熱まで上がり。


「……もー、バカエース!オヤジが呼んでるからね!伝えたからね!」


愛しい腕から抜け出して、私は赤くなった顔を見られない様に船内へと逃げ込んだ。




 ▼



甲板へ続くドアを開ければ、どこまでも続く海と空。まだ朝とも言いがたい時刻だからか、いつもは騒がしい甲板は静かそのもの。見張りからも見えにくい位置だからか、声をかけられる事もない。

手すりに身を預け視界に広がる景色をしばらく眺めていれば、いつの間にか隣には兄がいた。


「随分長い事引きこもってたもんだ。安心したよい」

「別に引きこもりじゃないから!する事があっただけだから!……ってあれ、私誰にも言ってないんだけど?」

「日に日にでかくなる荷物と新聞記事を見りゃバカでも分かるだろい」

「他は気付いてないけど!はっ、マルコ……もしかして私のストーカーに?」

「沈めてやろうかい?」

「私が帰ってくるまでに、そのかたい頭を粘土並にしておいてね!」


むっと睨みつければマルコは鼻で笑う。いつもいつも余裕綽々で、私はマルコには敵わない。今もこうして、皆に内緒で散歩に行こうとしているのに。


「麦わら達はドレスローザを出た。おそらく次はあの島だろい」

「……止めないの?」

「話したいんだろい、エースの弟と」


私の目的はただ1つ。あの笑顔の元であった、エースの弟と話してみたい。
私達が指針を失ってから、家族を失ってから、様々な事に追われてようやく目処がついた現在(いま)。そしてルフィ君達の記事により足取りが掴めた今しかチャンスはない。


「報告しろい。エースが守りたかったものが、どんな野郎か」


相変わらずな涼しい眼で、マルコは笑う。あれから2年と少し。私達に必要なのは悲壮感じゃなくて前に進もうとする意思だ。私にとって、彼に会う事がそのひとつになるはず。


「じゃあ散歩にいってきます。お土産はたぶんないし、帰りは遅くなるかもしれないけどね!他の兄達にもよろしくね!あと……」

「早く行け!」


大きな荷物と共に小舟に投げ込まれ、マルコの呆れた声で見送られる。私は精一杯の笑顔を返した。


ゆらゆらと波に浮かぶ小舟は、ストライカーに似ている。不安定だからと半ば担がれる形で乗せてもらっていたが、その腕にはもう頼れない。私の手の届くところにエースはいない。

でも、今は、夢で会えるから。


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2015.09.21 (Mon) 01:20
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