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::小話(独占)


その話を耳にしたのは、本当にたまたま。
穏やかな日が差す昼下がり、仕事の一環で病院を訪れていた時のこと。


「ラッキーだったわね!」

「ねー!まさか先生とあんなに近くで一緒に仕事できるなんて思わなかったわ!」

「今日は良い夢が見られそうだわ〜」


声の主は、まさに白衣の天使と見紛う様なナースさん達。廊下の一画で、頬を赤らめて話す様は学生時代を思い出して微笑ましい。
憧れの上司でもいるのだろうか。彼女達の華やかな会話に緩んでしまった口元を資料で隠しつつ、2人の前を通り過ぎる。


「診察中のあの真剣な眼が本当に素敵よね」

「そうそう!いつも凛々しい表情だけど、でも時々笑ったりもしてさぁ」

「わかるわかる!レアなのよね〜先生の笑顔……って、あれ先生じゃない?」


背後で上がった小さな歓声。私もその話題の主が気になり、窓辺に寄った彼女達につられて視線を向けて。
思わず足が止まってしまったのは……窓の外、中庭を歩くローの姿を見たからだった。







ローは人目を集める。それは昔からであり、今更の話ではない。

彼女達もそう。憧れであれ、好意であれ、ローに魅せられた人。仕事を共にして、良い夢が見れるとまで幸せを感じて。素敵だと言っていた、仕事中のローを眺めて。私の知らないローの顔を、彼女たちは見ている。


(……いいなぁ)


彼女たちを羨む。
今の私は、誰よりもローの色々な顔を見ているであろうに、それでも知りたいと思ってしまう。彼女たちが知り、私が知らないローの顔を。

はーっと深く息を吐いた後、手にしていた掛け布団をふわりと宙に浮かせて表面を整える。洗ったばかりだからか、布地からたつ香りに頬を緩め、私は綺麗になったベッドに腰を降ろした。
同時に、静かにドアが開かれる。就寝準備を終えたローは、ベッドを一瞥して何故か笑みを溢して。疑問符を浮かべた私の額へと口付け、それから目を合わせて一拍、再び唇を重ねた。


「悪ィな」

「…?」


熱を帯びたローの眼がそばにあり、私は静かに息を呑む。


「また乱れちまう」


整ったシーツに倒される。まだ乾ききっていないローの髪が私の頬を掠め、首筋を這う舌に自然と熱が上がるのを感じた。



 ……



朝の光で目が覚めて。

すぐそばには無防備に寝ているロー。閉じられた眼、僅かに開いた口元に愛しさを感じる。そして同時に、私は思い出してしまった。


(…私だけが、知ってる顔)


この寝癖がついた髪も無防備な様も、夜の扇情的な眼差しも、腕の中の温かさも……私だけが知っている。
誰にも見せたくない、知られたくないローの顔。そう強く願って眺めていれば、視線を感じたのか開かれた眼。骨ばった指先に頬を撫でられ、朝の挨拶を交わす。


「……何時だ?」

「6時まわったところ。シャワー浴びるなら起きなきゃね」


まだ寝ぼけ眼のローは、光を遮断するように目元を手で隠した。そのそばには飛びはねた前髪が立ち、私は慌てて口を開く。


「あ、今日は…浴びた方がいいよ。寝癖がついてる」

「……寝癖くらい、」

「だ、だめだよ!ほら、起きよう!」


ころりと身体を転がす様に押せば、不思議そうな表情をしつつもローは身を起こし、寝室を出て行く。私もまた、その背を追いつつ、知らず知らずの内に育っていたらしい独占欲に呆れ笑う。


……いくら贅沢だと分かっていても。私だけに見せる顔を、なるべく独り占めしたいのだと。


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2015.03.17 (Tue) 22:52
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