Re&365! 拍手返信と日々の呟き ::小話(エース) 「…は?」 その声と同時に、思わず眉をしかめてしまった。疑問で私の頭の中はフル回転中。 「だから、来週の水曜と8月のこの日とこの日空けといてくれよ!」 「いやいや…」 「悪ィけど、部活の休みがこの3日しかねェんだ。でもその分練習頑張るからよ!」 「だから、そうじゃなくて…!」 「そのかわりこの3日は色んな所に行こうぜ!デートだ!なァ、いいだろ?」 呆気にとられる私とは対照的に、人懐っこい笑みを浮かべて話を進めていくのは学年がひとつ下のエース。我が校では知らぬ者はいない、校内一厳しい部活の(名の通りの)エースである。 何がきっかけなのか。いつからか、彼は一方的に私を追いかけ回す様になった。 だからか、決して目立つタイプではなかった私も今や校内では有名人。ご主人様と忠犬(大型犬)と、知らぬ間にそんなあだ名がついたから。 「あのね、勝手に話を進められても困る。第一、私はひとことも了承してないからね」 明日から夏休み。 ホームルームも終わり、浮かれ気分のクラスメイトは誰もいない。そんな教室に私が残ったのは担任の指示で、そこを部活へ向かう途中のエースに見つかった。予想通り彼は私の前席を陣取り、今のやりとりへと繋がる。 誘いに否定的な私の言葉に、エースは口を尖らせて。しかし数秒後、何か思い付いた様に部活の予定が記されたプリントに文字を書きなぐっていく。 「水曜はここ、この日は……ここだろ!決まりな!じゃあおれ部活に行ってくっから!」 「…あっ!だから、ねえ!エース!」 エースは自画自賛とばかりに頷き、私にプリントを押し付けて逃げる様に去って行く。彼に追い付ける筈もなく、教室で立ちすくんだままの私は肩を落として皺まみれのプリントを広げた。 せっかくの夏休みにぎっしりと詰まっている部活の文字。見ているだけでゲンナリとしてしまう。その中でもエースの主張通り、たった3回だけ休みの文字。その日付は赤い丸印で囲われており、そこへ伸びる矢印の先にはそれぞれ違う地名が書かれている。これは先程エースが書き足していたものだ。 「あっ、これ…」 「お前が散々行きたいと騒いでいた所だろい」 背後からの聞こえたのは、独特な口調。少し気だるそうに笑うのは私の担任であり、エースの部活の顧問でもある… 「マルコ先生、図ったでしょ!」 特に用事もないのに私を居残りさせたのも、夏休みになったら友達と行こうと騒いでいた地名がこのプリントに書かれているのも……この人の仕業だろう。 「これでエースも調子づいて助かるよい」 「…部活の為に可愛い生徒を売ったんですか?」 「まァ、別に嫌じゃねェだろい?」 「……嫌、じゃないですけど」 マルコ先生の口が悪そうに弧を描く。先生は知っているから。 エースが私を追いかけ回すずっと前から、エースが入学して部活に入った時から、私は彼を見ていた。愛だの恋だのという感情はまだない。バカなくらい全力投球なエースを教室から眺めるのが、ただ好きだったのだ。 そして今、何の因果かエースは私を好いてくれている。自惚れではない。それでも素直に彼の好意に喜べないのは。 「あァ、まだなのかよい」 私の渋顔で察したのか、失笑するマルコ先生。その笑い声を耳にしながら窓辺に立てば、グラウンドを駆け回るエースがいた。 前は眺めるだけで満足していたのに、欲目って怖い。近付けば近付く程、私の願いは増していく。 あれこれ誘ってくる前に……好きだ、の一言が欲しいなんて。 . back |