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::小話(いつか君だけを忘れて)


機体が飛び立てば視界に広がるのは青一色。

見渡す限りの空と海の色。青と一言で表すには惜しい景色を一瞥し、おれは目を閉じた。







ただ漠然と頭の中にあった選択肢。

この道を選んだのは親の影響がなかったとは言い切れない。身の回りに揃えられた書物や時折引きあわされる他人はそういった関係者が多かった。
だが両親からは強制されたり小言を言われたりした覚えはない。幼心には道筋があったが、本格的に”医学”を学ぶという事を決めたのはおれ自身の選択だ。


「……え?」


細やかな雪が降る寒い夜、久々に訪れた幼なじみの部屋で口を開く。

明日から留学すると口にしたおれに、目を白黒させるこいつの反応は予想できたものだった。予想はしていたが、実際目の前にいるとやはり心が揺れ動いてしまうらしい。おれ自身が、だ。内心笑う。


「明日からって……え、ちょっと急すぎて、何で…!」

「何も聞かねェって約束だろ?」

「そ、そうだけど…でも、」


話す前にそう約束を交わしたのは正解だった。追及を逃れたおれは、何かいいたげに眉を下げる幼なじみに笑い返す。


「くくっ、おれにとっちゃいい門出なんだがな。笑って見送ってくれねェか」


そう、話を切って。
都合のいい話だとは分かっている。だが何も聞かないでくれ。何も問わないでくれ。気を抜けば今にも吐露してしまいそうな言葉を抑えながら、視線を落とした幼なじみへと近づく。

近づいても、こいつは何の警戒心を抱くことはない。他人よりも近い距離、恋人より離れた距離。決して縮まることはなかったこの距離が、おれにとってどんなにもどかしかったかお前はもう知る事はない。それでいい。


"おれが余計な事を考えたくねェからだ"


先日ナミ屋に言った言葉が、おれにとっては鎖でもあった。留学を取り消すという選択は元よりない。
おれにとっての"余計な事"、それはこいつに本心を伝えるかどうかだ。
この国を発てば、もう会う事もない。ならば吐いてしまっても良かった。幼なじみとしても、ひとりの女としても大事に思っていたと。ずっと抱いてきた想いを口にするのは簡単な事。

だが口にすると壊れるものがある。最後の最後まで、おれはそれに執着するらしい。こいつには笑っていて欲しいと願い、そして結局吐けずにいる。


「笑って、見送ってくれ」


そう言うと少し濡れた瞳がゆっくりと動き、おれを捉える。眉を下げたまま、力の入った口元がつり上がった。


「……本ばっかり読んでちゃだめだよ、ちゃんとご飯も食べてね」

「あァ」

「読んだ本はちゃんと棚に戻して、たまには掃除もしてね」

「分かってる」

「……いってらっしゃい」


堪える様な作った笑みが向けられ、思わず苦笑する。だがこれ以上部屋にいると決心が揺らぎかねないと察して部屋を後にする。
呆気ないものだと我ながら思う。だが、こうするしかなかった。



誰もいない自宅に帰り、暗い自室に明かりを灯す。すでに支度の整った用意を一瞥して窓辺に寄った瞬間、突然開かれた窓に驚き目を凝らした。

向かいの窓から見える幼なじみは大きく息を吐いている。赤い目元を拭ってやれる程今のおれに余裕はないと堪えた瞬間、幼なじみは笑った。


「ロー…頑張ってね。ずっと応援してる」


好きだったこの表情を、ただ眺めるしかなかった。



… 



途切れた意識を戻せば、異国の風景。

何もかもが新しくなる道。
目蓋の裏に焼きついた笑顔を消し去り、おれは異国の地へと足を踏み入れた。




2013.10.15 (Tue) 22:52
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