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賤ヶ岳の一本の木、其処に私は居る。
織田の兵士だろうか、誰かに痺れを切らして居るように怒鳴り声が聞こえた。
「欠かれ柴田め!! 兵糧の準備はまだか!!」
「……申し訳ありません」
兵士の声と姿が遠ざかる。
将軍から聞かされた話は、“怪王”否、“怪の朋”は魔の朋、魔王に挑んだが返り討ちにされ其の“怪王”は殺されずに地位だけが下がったと聞いた。
まさか、彼が……。
今なら話し掛けることも容易い、か。
『ふぅん。……貴方が“怪王”サン?』
「!?」
私を“怪王”と呼んだ。
其れを知ってるのはあまり居ないはず……。
『将軍から聞いたよ。魔王に挑んだ挙げ句に返り討ちされ殺されずに地位だけが降格した“怪王”サンの話』
「っ、!?」
『でもさあ、スゴいよね。魔王って恐怖で天下統一しようとしてんのに其れに挑んで返り討ちだけで済んでるんだもん』
「わ、たしは……」
『普通なら謀反したんだから殺されても可笑しく無いのに。殺されずに地位だけが降格して現在進行形で生きてる。ある意味最強じゃね?』
「……」
『貴方が生かされてるのはまだ利用価値があるからなのか其れとも……。どっちにしろ謀反起こした奴に信頼なんて無くなる。其の内、捨てられるよ』
「……其れでも良い。どうせ、私には何も残らないのだから……」
『何で? なんでそんな簡単に自分を投げ出すの? 命があって生きてて良かったなんて思わないの?』
「絶望しかない。其れをどうしろと?」
『病を患って生きたくても生きれない人だって居るんだよ。そんな簡単に言わないでよ……』
半兵衛が良く無理し過ぎて咳き込んでたりしてたみたいだけど。
「……泣いているのか?」
『泣いてないし』
「だが、」
『っ!!』
なんか段々悲しくなってきて思わず涙ぐんでしまった。
泣いてないと意地を張りつつこんな顔を見せたく無かったからそっぽ向いてたのに。
私の瞼が熱く感じた。
怪王サン(名前知らない)が私の瞼に口付けたから。
ドキドキが止まらない。
どうしてこんなことをするのか。
彼は天然なのだろうか……?
「泣かないで欲しい」
『だから泣いて無いってば』
「済まない。私が不甲斐無いばかりに……」
『責めないよ。私は貴方を責めない。例え兵士が貴方を責めたとしても私は貴方の味方で居るから』
「……っ!!」
一瞬だけ怪王サンの表情が和らいだ気がする。
声が近付いてきた。
また身を潜めるか。
「勝家!! 何をしておる!!」
「(彼女の気配が消えた。……名を聞いて居ないのだが……)……」
「ええいッ、もう良いわ!!」
「……」
『(人を虐げてやるくらいならお前がやれよ、なんて)』
彼奴らゴミはあまり此方に来ないらしい。
其れが私としては好都合だから良いのだけれど。
「……居るのだろう?」
『何故分かったし。気配消したはず』
「兵士らが遠ざかると同時に消えた気配が戻ったから」
『……』
「何故、黙る」
『いや、なんでもない。……勝家、貴方がそんな表情する理由はもう一つあるでしょ?』
「っ、名前……」
『あれ、ダメだった? さっきの奴等がそう呼んでたから良いかなって思ったんだけど……』
「だったら貴女の名も教えて欲しい」
『八重』
「八重様……」
『うん、うん? “様”要らなくない?』
「八重、私はお市様が好きだった」
『あれ、市って浅井氏にゾッコンじゃなかったっけ?』
「だが、今のお市様は私の知るお市様では無くなった」
『まぁ、魔王の妹だもん』
「信長様に捨てられたら、私は……ッ」
『じゃあ、一緒に来る?』
「八重様と?」
『あ、言うの忘れてたけど……私、松永軍の軍師であり主の松永様の直属の忍だから』
「……」
『でも勝家のことは将軍に言われてるから私に仕える形になるのかな』
「……考えておきます」
『良い返事、期待してる』
そう笑った八重様は可愛かった。
何故だか、彼女と居ると絶望感が無くなる。
どうか、私の側から離れないで欲しい……。