03.海風と半年前
『ワイポッ!!!』
邸に着き、テラスから侵入すると、アリアは自分の忌む相手の名を叫んだ。
その双眸は鋭く光り、肩は怒りに震えていた。
「何だ騒がしい…」
『……ワイポ…』
「!…お前は…」
中から現れたのは、小太りの男。
アリアが忌々し気に睨みつけると、男……ワイポはニヤリと口角を上げた。
「久しぶりだガヤ。……"レイス・アリア"」
『えぇ…、あなたが私を死んだことにし、売り飛ばしてから何年経つかしらね』
ワイポが口にした名前。
それはアリアの本名。
そして昔…12年と半年前、ワイポに力を欲された双子の片割れの名前。
つまり、同一人物なのだ。
『どういうこと?私はあの日、島民を助ける代わりにあなたに身を売ったのよ。約束は…、破ったの!!?』
「人聞きが悪いガヤ。私は、島民を助けているじゃないか」
『何ですって…!?』
「島民に仕事を与え、人として生かしている。"島民を助ける"と言う約束は十分守っているガヤ。誰一人、殺しとらんからなァ。あぁ、過労死した奴はいたかもなァ」
『っ…貴様ァッ!!!』
ガキィンッ
『!?』
怒りが込み上げ、腰に差した愛刀で斬りかかるアリア。
しかしワイポを斬ることは出来ず、代わりに刀同士が交わる金属音が鳴り響いた。
アリアの愛刀…桜花月光輪と交わった刀を持つのは、二人の男。
男達は口角を上げて、アリアを見ている。
『……誰だ』
「おいおい、俺達を知らないたァ、随分世間知らずな姉ちゃんだ。なぁ兄キ」
「全くだぜ。そんなお前に特別教えてやる。俺らは東の海<イーストブルー>で知らない者はいない、暗殺兄弟<アサスィン・ブラザーズ>のアガンとウガンだ。なぁ弟よ」
『暗殺兄弟<アサスィン・ブラザーズ>!?…ワイポ、貴様…』
「ギヒギヒヒ。他にもまだ、私の仲間はいるガヤ。そうだ…カイル!」
「は、」
ワイポが名を呼べば、部屋の入口から男が現れる。
長い黒髪を高い位置で結い、仮面を付けた男。
黒いコートを翻し、ワイポの隣に立つ。
するとワイポは、アリアに刀を引くように告げた。
取り敢えず、交えていた刀を払うアリア。
しかし警戒を止めることはせず、刀を構えたままワイポ達を睨み続けた。
「カイル、モニターを」
ワイポが言うと、カイルは持っていたリモコンのボタンを押した。
すると天井から巨大モニターが現れ、映像が映る。
『……っな…!!?』
「気に入ったか、アリア?ギヒギヒヒ」
『貴様…ワイポ…!!』
モニターに映ったのは、子供達。
鉄格子に閉じ込められ、傷だらけになっている子供達だった。
瞬時にメルの言った言葉を思い出したアリアは、ワイポが彼らに何をしたのかを悟った。
怒りと悔しさから、歯を強く噛み締めるアリア。
ギシリ…と歯が鳴った。
『……解放して』
「ああ?」
『子供達を…今すぐ!』
ただならぬ殺気を放ち、ワイポ達を睨みつけるアリア。
その殺気は、並大抵の人間が出せるものではない。
偉大なる航路<グランド・ライン>を行く海賊達にだって、出せるものではないはずだ。
暗殺兄弟<アサスィン・ブラザーズ>やカイルならまだしも、ワイポは立つことすら出来ずに膝をつく。
冷や汗が滴り落ちた。
無理もないだろう。
彼女が此までいたのは、王下七武海の船。
それも、"副船長"として乗船するほどの実力なのだから。
『ワイポ…今すぐ子供達と島民を解放しなさい。さもなくば……消す!』
ゾクリ…
背筋が粟立つのがわかった。
カイルは仮面を被っているためわからないが、ワイポ達の冷や汗は止まらない。
実力の差は、明らかだった。
しかし、何も策を考えていないワイポではない。
ギヒギヒヒと不気味に笑い、スイッチのようなものをアリアに見せた。
「コレが何だかわかるか?」
『…』
「起爆装置だガヤ」
『!…まさか、』
「ギヒギヒヒ、気づいたか。そうだガヤ。このスイッチを押せば、子供達は吹っ飛ぶ!!」
『!!』
「おっと、この起爆装置を斬ろうなんて馬鹿なこと考えるなよ?子供達の周りには、私の部下がいる。…爆弾じゃなくとも、いつでも殺せるガヤ」
『くっ…』
悔しそうに、下唇を噛む。
アリアは一度目を閉じ、刀を鞘に収めた。
そして、ゆっくり瞼を開いてワイポを見ると、その前に跪く。
『……私が、あなたの"道具"となりましょう』
「ギヒギヒヒ…それで?」
『だから…お願い。島民達の重労働を止めさせて…子供達も解放して…!』
ガッ
『うぁっ…ぐ、』
「何だその口のきき方は…、人に…私に頼み事をするんだ。頼み方というものがあるだろう。ギヒギヒヒ」
ガッ ガンッ
抵抗できないアリアを殴り、蹴る。
しかし、アリアがここで手を出すわけにはいかない。
手を出せば、子供達が殺されてしまう。
自身の感情を押しつぶし、アリアはワイポに土下座した。
『お願いします…!どうか、島民達の重労働を止めさせ、子供達を解放してください…!!!』
必死の懇願だった。
今周りに仲間がいない彼女にとって、なす術はコレしかなかったのだ。
ワイポはニヤリと口角を上げると、良いだろうと許可を出した。
「だが、子供達全員は解放しない」
『!』
「二人だけ残し…一週間交代とする」
これ以上する気はないガヤ。
本当は全員解放させい。
けれど、それは諦めるしかない。
重労働は止めさせると言った。
少しはマシになる筈だ。
入念に計画を立て、いつかこの島を救おう。
そう決意するしかなかった。
『…わかりました』
「ギヒギヒヒ、そうかそうか。…カイル、海楼石を両手首につけさせろ」
『!?』
「は」
『何故、私が能力者だと…』
「有名な話だガヤ。王下七武海の海賊団の副船長"白銀のアリア"…自然系<ロギア>だと」
『…そうですか』
ガチャン
冷たい音と感触が、アリアの悔恨を増幅させる。
ワイポはカイルに、部屋を案内するよう告げた。
彼女の"仕事部屋"に。
「期待してるガヤ。"天才科学者"、レイス・アリア」
ワイポの言葉が、ヤケに頭に響いた。
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