02.海風とグラス島

グラス島。
浜辺の砂に石英が多く含まれていて、硝子細工のように輝いているのが特徴。
それは、この島が火山島であるが所以。
火山灰に含まれる石英や長石などの無色鉱物が、浜辺に降り積もるのだ。
島の中心に火山、周囲に木々。
その中には村があり、グラス島の島民が住んでいた。
一見、長閑に見えるこの島。
しかし、それは大きな間違いである。
この村から離れた場所…、山の麓辺りだろうか。
其処には、島の雰囲気とは場違いな工場が。
そして其処から更に離れた場所には、村にあるような平和な一階建ての家とはかけ離れた、巨大な邸が建っていた。





『──ただいま戻りました』





そんな邸のテラスに降り立つ、一人の少女。
それは、先程麦わら海賊団が接触した少女、レイス・アリアだった。
アリアはテラスから中に入り、部屋の中心にある椅子に座っていた男に跪いた。
すると男は口角を上げ、言った。
待っていたぞ。





『申し訳ありません。少し、手間取ってしまいました』

「まあ良い、サッサと仕事を始めるガヤ」

『畏まりました』





ギヒギヒと笑う男に一礼し、立ち上がって入口へ向かう。
守るように、入口の両脇に立っていた男達にも一礼し、部屋を出る。





「お前が手こずるとはなぁ。なあ兄キ」

「そうだなぁ。情けねえ情けねえ。なあ弟よ」

『……五月蠅いわよ』





どうやら兄弟らしい男達。
嫌みを零してくる奴らだが、アリアは彼らに一言言っただけで、そのまま部屋を後にしてしまった。
残された兄弟は、つまらなそうに顔を歪ます。
だが直後、それを払うかのように、椅子に座っていた男が大笑いした。





「ギヒギヒヒ。良いじゃねえか。別に仕事だけはこなせば、文句はねえガヤ」

「ワイポ様!」

「アガン、ウガン。そうカッカするな」





ギヒギヒヒ。
笑う男は、どうやらワイポというらしい。
そして兄弟はの名は、アガン、ウガン。
二人はワイポの言葉を聞いて、それもそうだと頷いた。





*****


カツ カツカツ…



広いワイポの邸。
その廊下を、アリアは歩いていた。
向かう先は、自身の"作業部屋"であり"自室"でもある部屋。
その部屋の前に辿り着くと、アリアは扉を開いた。
広がる風景。
それは、"部屋"と言うよりも"物置"のようだった。
邸のような華やかな飾りなど、一切無縁の殺風景さ。
冷たいタイルが敷かれただけの部屋。
他には、安っぽいベッドが一つと、実験器具やら何やらが置いてある大きめの机が一つと、小さな椅子が一つ。
アリアは中に入ると、自分の背負っていた鞄を壁にかけ、ベッドに仰向けに寝転がった。





『……何で…、こんな風になっちゃったんだろう…』





ボソリと呟かれた言葉は、閑散とした部屋の中で散り、消える。

"こんな風"

彼女が呟いたそれが意味するのは、何のことか。
アリアは腕で、瞳を隠すように覆った。





『……皆に、会いたいよ…』





*****


─────半年前



『ふふ…久しぶりだなぁ、グラス島』





皆、元気にしてるかな。
緊張しつつも、嘗て時を共に過ごした家族とも言える島民達を想い、胸を踊らせていた。
もう何年も踏んでいなかった砂浜。
石英が多く含まれる為鳴き砂である、この浜。
表面摩擦が起こり鳴る音に、アリアは思わず頬を緩ませた。
そして、懐かしの村へ向かおうと、足を踏み出した時だった。





『?…あれは、何かしら……………!、子供!?』





ふと辺りを見回した時、見つけたのだ。
砂浜に横たわる、子供を。
傷だらけで横たわる、子供を。
アリアは急いで駆け寄り、その子供を抱き起こす。
どうやら女の子らしい。
女の子の呼吸は荒れ、身体は熱い。
熱中症を起こしていた。
アリアはすぐさま自分の鞄から、熱中症用の薬を取り出して飲ませる。
彼女が作った物で、即効性がある為すぐ効いたらしく、子供は静かに呼吸を始めた。
身体の熱も、引いてゆく。
アリアはその様子に安心すると、ホッと胸をなで下ろす。
しかしまだ、安心するわけにはいかない。
此処は、熱中症になる程暑くなることはない。
その上、所々にある傷。
不自然な点が、多かった。





『(一体…どういうことなの?…まさか!…でもそんな…だったら、私との"約束"は…?)』

「───ん…」

『!』





一人葛藤するアリア。
だがまずは、腕の中の少女が優先だ。
目を覚ましたらしい少女は、ゆっくり…ゆっくり瞼を開いた。





「!や、ごめんなさい!!離して、ごめんなさい!!」

『!?』





瞼を開き、アリアの姿を確認すると、少女は突如謝りだした。
そして彼女から逃げるように、もがく。
一瞬驚いて何も言えなかったアリアだが、すぐに正気に戻った。





「ごめんなさ──」

『落ち着いて!大丈夫だから…』

「え…?」

『大丈夫、私は何もしない。ゆっくりで良いから、落ち着いて?』





いくら即効薬で治したと言っても、数分前までは酷い熱中症だったのだ。
暴れれば、それだけ体に障る。
少女も、純粋に自分を心配するアリアの瞳がわかったのか、コクリと頷いた。
それから、数分後くらいだろうか。
漸く落ち着いた少女。
しかし、何があったのかを訊ねても俯くばかりで、話そうとしない。
このままでは埒があかない。
眉をひそめた時だった。





「…」

『…!』





少女が震えていることに、気がついたのは。
アリアは瞬時に理解し、何故何も話してくれないのか納得する。
"話さない"んじゃない。
怖くて"話せない"のだ。
何があったかはわからないが、相当酷い目に遭ってきたのだろう。
アリアはいつの間にか、過去の自分とその少女を重ねていた。
アリアはゆっくり…怖がらせないように、少女を優しく抱き締めた。
少女の肩がビクリと跳ねる。
しかしアリアは、少女を離すことはしなかった。
安心させるように、抱き締め続ける。





『大丈夫…私が、護ってあげる』

「!…お姉ちゃ、」

『なーんにも怖がることなんかないのよ。…ね?だから、何があったか教えて…』





強く、強く抱き締める。
少女は初めこそ震えていたが、次第に安心してきたのか、その震えも止まった。





「───ワイポが…、」

『!!……ワイ、ポ…?』

「うん……。私が生まれた頃まで、この島は平和だったらしいの。けど、ある日ワイポが来て…」

『…』

「そして、ある双子の片割れの力を欲した。彼女の名前は、"レイス・アリア"……でも、結局ワイポは二人共殺して………そして、ワイポの完全支配が始まった」

『──っ!!…完全…支配…、』

「大人も子供も、決まった時間の間重労働を強いられる」





少しでもミスをすれば、殴られるの。
そう言った少女は俯き、再び肩を震わす。
ワイポの支配に恐怖する少女。
アリアはそれを見て、怒りに震えた。
そしてゆっくり少女から離れると、立ち上がった。





「お姉ちゃん…?」

『……ワイポの邸は、彼処ね?』

「!、駄目だよお姉ちゃん!!お姉ちゃんまで酷い目に──」


ふわっ


「!」

『私の心配してくれて、ありがとう。優しいコね。私は大丈夫。絶対に、あなた達を護るわ』





少女を安心させるように、優しく頭を撫でる。
不安げに自分を見つめる少女に、アリアはふわりと笑った。





『そうだ…私はアリアって言うの。あなたは?』

「!…お姉ちゃん、ワイポが欲した双子の片割れと、同じ名前なのね。…私は、メル」

『そうなの?…じゃあ、今度は助けないとね…この島を』

「え…?」

『何でもないわ。メル、あなたは村に戻りなさい。私は…邸へ向かうから』

「アリアお姉ちゃん…」

『メル…もし、私が二度とあなたの前に現れなかったとしても、私を探さないで』

「!」

『あなたは…あなたの幸せを考えなさい』

「!、あ…待って…お姉ちゃん!!」





風になり、去るアリア。
メルが声をかけるが、振り返ることはなかった。

[ 3/4 ]


back
しおりを挟む



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -