30.仕事

『よいしょ…』





コレで良いはず…!
全校全員分のドリンクを作り終え、もう一度自分のノートを確認する。
誰が何が好きかとか、こと細かく書かれているそれは、蓮二と治兄から借りたノートからデータを抜き取ったもの。
味の好みとかのデータが欲しいと頼めば、二つ返事でokしてくれた。
私の周りには、優しい人が多いなぁ。
そんなことを思いながら、確認を終えてカゴを持…て……ない。
手がちぎれそうです。
く…、流石に三つ一遍には無理ですよね。
四天宝寺がまだ来ていないのが救い…なのかな?
仕方ない、こうなったら方法を考えよう。
何かないかな…。
しかし、探しても見つからず。
結局三つ一遍に運ぶことにした。
手がちぎれそうだけど頑張ります。





『最初は何処から…。確か一番近いのは、立海…?』





あ、どうしよう。
唯一知らない人だらけのところだ。
否、殆どの人と知り合いっていう方が異常だけれども。
寧ろ普通だったら、立海に知り合い二人に血縁一人っていうのもかなり可笑しい。
とか何とか考えている内に、どうやら立海に着いてしまったらしいです。
これで荷物が少し減るという嬉しさと、立海には知らない人がいて気まずいという悲しさがあって、微妙に複雑ですけどね。
私は立海のベンチに、ボトルとタオルが入ったカゴを置いた。
スケジュールでは、そろそろ休憩だったし、大丈夫だよね?





『あのーっ、立海の皆さーん!』

「「「?」」」

『此処に、ボトルとか置いておきましたから、冷えてる内にどうぞー!』





よし、これで大丈夫…なはず。
私は早く、他の高校の元にも行かなければならないからね。
何か、幸村さんや蓮二が何か言いたそうだけれど、すみません。
私、急がないと。
しかも、幸村さんにはさっきのことで申し訳なくて、話しづらい。
小心者でごめんなさい。
練習中失礼しましたと叫んで御辞儀し、そそくさと立海コートから離れた。
あれ…、そう言えばあの眼鏡のお兄さん、名前何て言うんだろう?
結局訊けなかったから…。
また、後で訊いてみよう。





*****


よし、氷帝に着いた。
珍しく、迷ってない。
これは、方向音痴克服できるんじゃないでしょうか?
……あ、できない。
前もこんなことあったけど、翌日出かけたときに迷子になったんだった。
雪兎が見つけてくれるまで、一人延々と彷徨っていました。
思い返すと迷子になった記憶ばかりだなと、悲しくなった。
止めよう、これ以上哀しい気持ちになりたくない。
まだ、合宿一日目だと言うのに。





「あーっ、琉那ちゃんだCー!」

『へ…ぐふっ』





な、何という攻撃力。
否、タックル力?
とにかく、腰の骨が砕け散りそうです。
腰回りに突進して…否、抱きついて来たのは、言わなくてもわかると思いますが、ジロちゃんです。
可愛い…けど、痛いです。
以前誰か他の人にも、こんなことされたような……、気のせいですね。





「おいっ、ジロー!」

「あ、跡部だー!」





前方から聞こえた声に顔を上げると、不機嫌顔の景ちゃんが、此方に向かってあるいてきていた。
私の腰に巻き付いているジロちゃんは、私を盾のようにして隠れている。
可愛い…!
先輩だけど、可愛いですジロちゃん。
唯一の癒しかもしれない…!
と、そんなことを考えていたから、緩んでいたのかもしれない頬。
いつの間にか眼前まで来ていた景ちゃんは、私から氷帝の分のカゴを奪うと、その頬を抓った。





『いひゃいいひゃい!』

「お前は無防備すぎると何度言ったらわかる!」

『むぼーひひゃひゃいひょ、ばは!
(無防備じゃないよ、ばか!)』

「……俺、跡部にあないなこと言う女子初めて見たわ」

「お前だけじゃねえよ侑士。俺達だってねえし!」





いつの間にか集まってきた氷帝レギュラー。
しかし、ジロちゃんを腰に着けたままの私はそれに気づかずに、景ちゃんに手を離すよう抗議した。
結局自分からは離してくれず、忍足さんと宍戸さんが私を解放してくださった。
ジロちゃんも、向日さんと樺地君が離してださって、解放されました。
ほっぺ伸びてないでしょうか?
鳳君は私に駆け寄り、オロオロしてる。
ああ、此処にも癒やしが!
……なんて思っていたら、日吉君に軽く頭を叩かれました。
痛いです。
ああ、鳳君が更に慌てだした。





「日吉!何するんだよ?!」

「バカは叩かないと治らない」

「バカって…!」

『あ、なるほど』

「納得しちゃ駄目だよ琉那ちゃん!?」





琉那ちゃんは馬鹿じゃないよ、優しい良い人だよ!
必死に私に言ってくれる鳳君。
あなたこそ真の良い人です。





『…って、私もう行かないと!』





此処で時間を食うわけにはいかなかったのに…!
青学のがまだありますよ。
自分が通ってる学校の方にまだ行っていないんです!
こうしてはいられないと、焦り出す。





『あ、ちゃんとこまめに水分補給とかしてくださいね!』





最後に叫び、青学コートの方へ駆けていく。
油売っててごめんなさい。
今行きます…!





*****


迷子になりそうになりながら、やっと着いた。
ボトルの氷が冷えてしまっていないか不安になり触れてみるけれど、どうやら大丈夫そう。
よし、サッサと置いて他の仕事をしてしまいましょう。





『皆さ──』

「何してんの?」

『わっ!?』





いきなり背後から聞こえた声。
振り返ると、其処にはリョーマ君。
ジロちゃんはわかるけど…、リョーマ君もサボり…?
そう言えば、マネージャーテストの時も、偶にいなくなってたけど…。





「…失礼なこと考えてるみたいだけど、違うから」





大石先輩に、もうそろそろあんたが来るだろうから、迷子になってないか見てきてくれって言われたんスよ。
なるほど、大石先輩が…。
大石先輩なら、優しいので言いそうです。
私=迷子みたいになっているのが哀しいけれど、ついさっきも迷いかけたので何も言わない、言えない。





「水神さん」

『?…あ、すみません遅れて。これドリンクとタオルです』





振り返ると青学の皆さんがいた。
どうやら、声をかけてくださったのは不二先輩みたいです。
カゴからそれぞれとってもらおうと思い持ち替えようとすると、それより早く海童君がカゴをとった。





『あ、海童君…?』

「…俺が持つ」

『!…ありがとう』





やっぱり、海童君は優しいです。
動物好きは優しいって本当なのかもしれない。
私にお礼を言って、海童君の持つカゴからボトルやタオルをとっていく皆さんを見て、そんなことを思った。





「!…水神、これは…全校分やったのか?」





そう言って手塚先輩が見せるのは、ボトルについた自分の名前のラベル。
周りを見ると、驚いているのは手塚先輩だけでなく。
青学の視線が全て私に向いていた。





『?…そうですけど』





一体どうしたのだろう。
……あ、そうだまだやらなきゃいけないことがあるんだ。





『ごめんなさい、私行きますね。また後で回収しにきますから!』





一礼して、早足にその場を去る。
あ、カゴがないから走るの楽です。
…次は、えーと…ああそうだ、立海のタオルを回収しないと。



ガッ


『ひゃっ!?』


ドサッ



……転びました。
でも今回は、何もないところでではないです。
何かにつまずいた…一体何…に……!





『ひ、人!?え、あ、あの大丈夫ですか、生きてますか!か、顔が青白い救急車…!』


ガシッ


「待ちんしゃい」

『へ…』





目を開いて此方を見、私の腕を掴んでいる銀髪の人。
え、大丈夫なんですかこの人、倒れてたんじゃ…?





「倒れてたわけじゃなか」

『え、あ、そうでしたか。騒いですみません。では私はこれで…………あの、離してください』





どうしよう。
倒れてた訳じゃないなら良いんです。
もう離してほしい。
しかし私のそんな思いとは裏腹に、銀髪の人は私腕を掴んだまま起き上がった。
否、離してください切実に。





「…お前さん、誰狙いじゃ」

『……は?』

「惚けるんじゃなか。周りは騙せても、俺は騙せないナリ」





騙す?
私が、周りを?
何のために何を騙してるというんだろうか。





「周りは知らんが、柳生は純情ナリ。弄ぶんじゃなか」





そう言った銀髪さんの双眸は、鋭く私を睨みつけている。
柳生…さん?
…って、誰だろう…?
と言うか、私は疑われてるの?
何故…、私は何もしていないのに。





「…黙ってるのは肯定と見なすナリ」

『仰っている意味がよくわかりません』

「まだ惚けるつもりか?なら──」

『私は、頼まれて此処にきました。四校ともマネージャーがいなくて困っているから、と。弟と伯父に最後まで渋られて、それでも困っているなら助けたいからと、此処へ来ました。それなのにそんな言い方は心外です。…私仕事の途中なんです邪魔しないでください。柳生さんがどなたか存じませんが、私への八つ当たりはお門違いでは?私、男性に興味ないので自惚れないでください。…と言うか、あなた立海のテニス部の人ですね。サボりとは良い度胸です。丁度私立海に行くので、引きずってでも連れて行って差し上げます』





苛々します。
何ですか、理不尽です!
と言うか、柳生さんて誰でしょう?
女性ではなさそうなので…男性?
ま、まさかゲ……ですか!?
どうしよう、雪兎が近づくなといっているタイプトップ3に入ってます!
……まあ、言われなくても近づきたくないです。
呆けている銀髪さんの腕を逆に掴んで、立海の方へ歩き出す。





『因みに私、あなたみたいな勝手に人を決めつける人、嫌いです』





最後に振り返って、にっこり笑った。

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