29.思わぬ再会

ああ、どうしよう。
バスでは、手塚先輩に詳しく合宿のことを聞いた。
そしたら、重大な事実が。
何と私、前でマネージャーとして挨拶をしなければならないみたいです。
私、人前で挨拶とか苦手なのに…!





「大丈夫だ」

『!…え?』

「そんなに不安がらなくても良い。簡単な挨拶で良いと跡部が言っていたらしいしな」





どうやら、私はまた顔に出ていたようです。
手塚先輩は、私が不安そうにしていたから声をかけてくれたんだ。
やっぱり、優しいな。
手塚先輩だけじゃない。
私、最近優しい人達ばかりに会ってる気がする。
……恵まれてるなぁ。
そう思うと、いつの間にか頬が緩んでいた。





『はい。ありがとうございます、手塚先輩』

「ああ」





景ちゃんも、私が人前に出たり目立ったりするのが苦手って、覚えててくれたのかもしれない。
だとしたら、嬉しいな。





「──着いたよ!」





自分の荷物持って降りな。忘れ物するんじゃないよ。
バスが止まると、竜崎先生の言葉が飛んだ。
私も忘れ物しないようにしないと。
手塚先輩が椅子を立ち、バスを降りる。
皆は先に降りたようで、残るは私だけだった。
一応、バス全部確認しよう。
誰かしら、何か忘れているかもしれない。
…と、そう思って見てみたけれど、忘れ物は見当たらない。
大丈夫そうだし、私も降りよう。
運転手さんにお礼を言い、小さな階段を降りて、バスを降りた。
青学の皆を探すと、バスの下のところから旅行鞄を出しているところだった。
私も荷物を出すのを手伝おうと駆け寄った。
けれど殆ど荷物は出し終わっていて、私の出番は言うまでもなく、なかった。
先輩方に御礼を言い、自分のキャリーを転がす。
…景ちゃんに何も言われないことを祈ろう。





「──遅かったじゃねぇの。アーン?」





け、けけ景ちゃん…!
思った傍から御登場だ。
手塚先輩と話している今の内に。
無駄な抵抗だけど…、ここは隆兄の後ろに隠れさせてもらおう。
隆兄は私と景ちゃんが知り合いだって知ってるから、すぐに察してくれた様子。
何も言わずに置いてくれた。
…けど、本当に無駄な抵抗だったようで。





「何隠れてやがる、琉那」

「「「!?」」」





速攻で見つかりました。
手塚先輩との話は、既に済んでいたようで。

皆さんの視線が痛いです。
治兄と隆兄以外の。





「だから言っただろ。氷帝のバスに乗せてやるって」

『わ、私は青学だよ!氷帝のバスに乗るのは可笑しいよ』

「ち、ちょっと待ってくれ。水神さん…跡部と知り合いなのか?」





大石先輩が私達の間に入り、訊ねた。
状況が読めてない人達の代表をしてのようなものだろう。
私が肯定の意で頷くと、今度は治兄が説明を施し始めた。
私が氷帝の監督の姪だということ。
氷帝のレギュラーとは一通り知り合いで、特に景ちゃんとは旧知の仲だということ。
相変わらず、教えていない情報まで持っているところが、すごい。
一体、どこから情報を仕入れているんだろう?





「まあいい。四天宝寺はまだ遅れるらしい。思ったより渋滞が酷いらしくてな。先に開会式を始めることにした。案内するからついて来い」





四天宝寺は遅れるのかぁ。
また後で、時間あったら是非お話したいですね。





*****


ホールに案内されると、既に其処には立海大附属と氷帝学園が既に整列していた。
景ちゃんは青学に並ぶよう指示を出すと、自分は壇上に上がって諸注意等を始める。
事前にそれは聞いていたので、復習という形で景ちゃんの話を聞いた。
そして、遂に回ってきてしまいました、マネージャーの挨拶。
景ちゃんに呼ばれ、青学の列から出て壇上へ上がる。
四天宝寺高校がまだ来ていないから、ザッと三十人程度。
一クラス分にも満たないこの人数だけれど、緊張するものは緊張する。
…でも、大丈夫。
バスで手塚先輩が励ましてくれたし、壇上に上がるまでも皆励ましてくれた。
大丈夫……多分。
マイクを受け取り、口の近くに近づけた。





『皆さん、おはようございます。今合宿でマネージャーをやらせていただくことになりました、青春学園高等部二年、水神琉那です。至らない点は多々あると思いますが、皆さんが伸び伸びとテニスを出きるよう、精一杯頑張らせていただきたいと思います。一週間、宜しくお願いします』





よ、良かった…!
何とか出来ました。
ああ、舌かまなくて良かったです。
皆さんがしてくれた拍手を聞き終え、景ちゃんにマイクを返す。
良く頑張ったなと小さい声でも言ってくれた景ちゃんに、心が温まった。
よし、後は青学の列に戻るだけ──



ガッ


『へ…っ?』





つ、躓いた!
このままじゃ地面と顔面が今日は状態に…!
マズいと、反射的に目をつぶる。
ああ…誰か、私のこの方向音痴とドジ治してください。



ふわっ


『!…、』

「──大丈夫?」





地面とこんにちはするはずだった私の身体はふわりと誰かに抱き留められた。
そして耳許では、聞いたことのある声。
それも、最近。
恐る恐る目を開けて顔を上げると、見覚えのある綺麗な顔が、ドアップでありました。





*****


合宿所…基跡部の別荘に着くと、ホールに通された。
どうやらまだ、俺達立海と氷帝しか来ていないらしい。
青学は、ボウヤの寝坊で遅刻。
四天宝寺は、渋滞に引っかかってしまっているらしい。
ボウヤは相変わらずのようだね。
四天宝寺は仕方ないかな。

この合宿には、青学から一人マネージャーが出るらしい。
柳から聞いたところ、その娘は柳の従妹だとか。
…で、気になるのがここから。
どうやら琉那ちゃんも、今日から一週間合宿らしい。
あの日の夜、メールをくれた琉那ちゃんとは、よくメールをするようになった。
他愛もない会話を出来るのも嬉しい。
けれど何より、彼女が俺のアドレスを登録してメールをくれたこと。
本当は、くれないだろうと思っていたから。

話が逸れてしまったけれど、俺が言いたいのはつまりその娘が琉那ちゃんじゃないかってこと。
詳細は訊かなかった。
もし、俺達じゃない奴らの名前が出て来たら、嫉妬してしまいそうだから。
だから、柳にも名前は訊かなかった。
期待していないと言ったら嘘になる。
…けれど、期待しすぎてもし違ったら、嫌だからね。
もう、あまり考えないことにしよう。
それから二十分程度、漸く青学が到着したらしく、跡部は俺達に整列するよう指示して迎えに行った。
言われなくても整列させるけどね。
本当、跡部の性格は変わらないようだ。
立海を整列させて数分、跡部を筆頭に青学がやってきた。
女の子もいるみたいだけど、周りが大きすぎて見えない。
それからは、跡部の合宿諸注意とかが始まった。
そんなに長くはなかったけど、つまらなかったのかな。
赤也の欠伸が聞こえた。
ふふ…あとで真田に怒ってもらわないとね。





「──最後に、今合宿唯一のマネージャーを紹介する。出て来い」

『…はい!』

「!!」





この、声…。
聞き間違えるはずがない。
彼女の…、声だ。
ゆっくり、視線を上げる。
壇上に上がっていく少女。
黒のセミロング、白く滑らかな肌。
跡部にマイクをもらい、此方を向いた。





「(黒水晶みたいな、双眸……、間違いない。彼女は──)」

『皆さん、おはようございます。今合宿でマネージャーをやらせていただくことになりました、青春学園高等部二年、水神琉那です。至らない点は多々あると思いますが、皆さんが伸び伸びとテニスを出きるよう、精一杯頑張らせていただきたいと思います。一週間、宜しくお願いします』

「(琉那ちゃんだ…)」





彼女は跡部にマイクを返すと、ゆっくりと歩いて壇から降りてくる。
俺には、気づいてないみたいだね…。



ガッ


『へ…っ?』

「!?」





危ない…!
壇上から降りる際、階段に躓いてしまった琉那ちゃん。前に傾く彼女の身体。
俺は咄嗟に、手を伸ばしていた。



ふわっ


『!…、』

「……大丈夫?」





危なかった。
後少しで、顔面から転ぶところだった。
俺の腕の中で、ゆっくりと顔を上げる琉那ちゃん。
驚くほど、顔が近かった。





「おいっ、大じょ──」

『幸村さん!!?』

「「「!?」」」





……周りの、目の色が変わった。
俺を警戒するような、そんな目。
なるほど、敵は多いわけだ。
まあ目の前のこの娘は、そんなこと微塵も気づいていないようだけど。





『ど、どうして幸村さんが此処に…。!…昨日メールで言ってた合宿って、この合宿だったんですか!?』

「「「!」」」





……本当に、鈍感なようだ。
自分の今の発言が、どういう意味かわかっていないみたいだね。
まあ、言おうとしてたことだから、寧ろ俺にとっては好都合…だけどね。
クスリと笑みを零し、琉那ちゃんを立たせる。
彼女は、まだ混乱しているようだ。





『え…あ、あの時の…!』





……どうやら、立海に俺と柳以外に知り合いがいたようだ。
それが、彼女を余計に混乱させているらしい。
驚いている琉那ちゃんの視線の先を辿ると、同じく驚いた表情の人物。
もう一人の知り合いは、どうやら柳生だったらしい。
この合宿……、波乱な予感がするな。

[ 34/36 ]


back
しおりを挟む



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -