27.紳士

『んーっ…』





後少し…っ!
後少しで届くのに!!
今は自分のこの身長が恨めしい。
何で双子なのに、雪兎は162cmで私は157cmなの!?
不公平だ…!
私が今背伸びしてまでとろうとしているのは、本。
アガサ・クリスティの、ゴルフ場殺人事件というもの。
以前私が神奈川にいた頃図書館で借りたのだけれど、何故かその翌々日辺りから忙しくて、まともに読めずに貸出期間の二週間が経って返すことになってしまった。
暫くして落ち着いた頃にまた借りに行ったのだけれど、何故かいつも貸し出し中。
仕方ないと諦めていたのだけれど、今此処で発見。
図書館じゃなくて書店だから買わなければならない。
でも、この際買ってしまえと思い立ち、手を伸ばしたのだ。
そして、冒頭に至る。





『(後、少し…っ)』





精一杯背伸びして、手を伸ばす。
…すると突然、視界から消えたゴルフ場殺人事件。
否、誰かの手が伸びてきて、其処から本を抜き取ったのだ。
誰だろうと其方を見ると、そこには眼鏡のお兄さんがいた。





「コレですよね?」

『!…え、あ、はい』

「なら良かったです」





そう言って微笑むお兄さん。
ええと、もしかして私の代わりにとってくださった?
ありがとうございますと素直に受け取れば、お兄さんはどう致しましてと微笑む。
この人、優しい人だ。
日本のジェントルマンです。





『本当にありがとうございます。英国紳士ならぬ日本国紳士ですね』

「え…?」





驚いて固まるお兄さん。
え、もしかしなくても、私また可笑しなこと言ってしまった…?
一人焦っていると、クスクスと笑い声が聞こえた。
其方を見れば、眼鏡のお兄さんが笑っていました。





「すみません…っ、そんなことを言われたのは初めてだったので」

『え、あの、御迷惑──』

「いえ、そんなことはありません」





寧ろ嬉しいですよ。
私の言葉を遮ってまで言ってくださるお兄さんは、本物の紳士である。





「あの…」

『?』

「それ、ゴルフ場殺人事件ですよね。アガサ・クリスティの…」

『はい、そうですよ』

「アガサ・クリスティ…、お好きなんですか?」

『はい!…と言うか、私読書人でして。従兄の影響だと思います。彼も読書人なので』

「そうですか」





頷いたお兄さんは、どことなく嬉しそう。
読書、好きなのかな?
アガサ・クリスティの本…、ミステリーが好きとか?





『私、アガサ・クリスティの本では、アクロイド殺しが一番好きですね』

「!私もです!!」

『そうなんですか?!ミステリー小説がお好き、とか?』

「はい。中でも私はその本が一番好きですね」

『へぇ…、何かお話が合いますね』





クスクス笑うと、お兄さんもそうですねと笑ってくれた。
それから暫く話していると、本当に話が合うらしく、かなり話が弾んでしまった。
気づくと三十分くらい過ぎていて、時計を見たお兄さんは少し慌てだした。
もしかして、誰かと待ち合わせしていた?





『ごめんなさい…もしかして、誰かと待ち合わせしてました?』

「え?ああはい、実は部活の友人と待ち合わせを」

『やっぱり…!すみません、私のせいで遅刻…』

「いいえ。私も楽しかったですから、自分の責任です」





そう言って、またふわりと笑ったお兄さん。
本物の紳士だ…。
……ん?
あれ、お兄さんの右手の指…、赤い?
もしかして、血?





「では、私はこれで…」

『あ、待ってください!これ…』

「?…絆創膏…」

『指、切れてますよ?』

「!…本当だ……」





自分の右手の指を見て驚くお兄さん。
恐らく、話してるときに本を取ったり入れたりしたから、その時に切れちゃったんですね。
私はお兄さんに絆創膏を渡すと、にっこりと笑った。





『楽しかったです。また、どこかで』





*****


「──遅れてすみません、柳君!」

「構わない。…だが珍しいな、柳生が待ち合わせに遅刻とは」





少し焦って此方に駆けてくる、柳生。
時間とかそういう類にはきっちりしている奴のはずだが…ふむ、新しいデータだな。





「…ん?柳生、その絆創膏は──」

「!、こ…コレは、私の趣味とかではなく…」

「そんなことはわかっている。俺が聞きたいのは、その絆創膏を誰に貰ったか…だ」

「あ…そ、そうですよね」





珍しいな…柳生がこんなに取り乱すとは。
しかも、若干頬が赤い?
まさかとは思うが、アイツ…か?
だとしたら、どれだけ男を惑わすつもりだ…全く。
無意識だからタチが悪い。





「名前は?」

「え?…あ、そう言えば聞いてませんね」

「…本当に珍しいな。容姿はどうだった?」

「黒のセミロング…に、黒い瞳の…笑顔が可愛らしい人でした」





完全にアイツだな。
全く、何度言えば無防備さがなくなるのか。
雪兎の苦労が目に見える。





「問題ない。近いうちに、また会えるだろう」

「え?ああそうですね。ここら辺に住んでいらっしゃるなら、いずれ」





意味がわかっていないな。
まあ、仕方ない。
誰も想像しないだろう。



今度行く合宿で会うことになるとは、言わないでおくのも良いかもしれないな。
あまり敵を増やしてくれるなよ──
































─────琉那

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