24.人助け

ガターンッ


少し大きめの音がして、俺は振り返った。
すると其処には、老婦人が倒れとった。
車椅子に乗っ取ったんやろか?
傍に倒れた車椅子。
ほんで、それは故意に起きたことやとすぐにわかった。
老婦人の傍には、何やチャラチャラした不良みたいな男三人。
あいつらが倒したんやろな。





「おいばーさん、車椅子でぶつかってきて何も言うことないんか?」

「す、すみません…」

「あぁ?聞こえへんなぁ」





ほんま、趣味の悪い。
それは、周りで見て見ぬフリしとる奴らも同じやけどな。
まあ、普通はおらんやろな。
結局皆、自分が大事なんや。
わざわざリスクを負ってまで、他人助けよなんて思わんやろ。
そんな綺麗な心持った奴、俺は知らん。
少なくとも、この時までは。





「俺、タイヤで踏まれて足怪我してしもてなぁ…?慰謝料、払ってくれるよるよなあ?」

「お願いします、許してください…。家にはそんなお金はないんです…」

「何やと…?こっちが下手に出てれば…、ばーさんいい加減にせ──」

『何してるんですか!』

「「「!?」」」





何してるんですかて…!
老婦人の方を見とったら、彼女を庇うように不良達の前に立ちはだかる女が現れた。
嘘やろ?
今時そんな…、しかも女?
無謀にもほどがあんで!





「何や嬢ちゃん?」

「俺達の邪魔せんでくれる?」

『邪魔?邪魔なのはあなた達です。お年寄りに優しくするどころか、傷つけるなんて!!それが若者のすることですか、情け無い!!』

「何やと!?」





アホなんかあいつ?
煽ってどないすんねん!
不良達を見れば、額に青筋浮かべて今にも殴りかかりそうやった。

ああ…もう、見とれんわ!





「ちょっと可愛いからって、調子に乗っんな!」


ブンッ パシッ


『はっ』

「うお!!?」


ドォオッ


「「「!?」」」

『この程度で、調子に乗らないでください』





嘘やろ?
男投げ飛ばしよった。
攻撃も軽々よけて…、何モンや?





「このアマ!」

『!』





二人の内一人が殴りかかり、また投げ飛ばされる。
けど、今度はその隙を狙ってもう一人の男が殴りかかりよった。
気づくのが遅い。
あの女、間に合われへん!
くそ…っ!



パシッ


「『!』」

「そこまでや」





危なかったわ…、何とか間に合った。
女は驚いて、黒真珠みたいな瞳で俺を見とる。
何や、信じられないモンでも見てるような目やな。
俺は小さく溜め息を吐くと、男に視線を戻す。
そして、冷たく睨んだ。





「まだ…やられたりんのか?」

「ひぃっ…」

『あ…』





すみませんでした!
悲鳴を上げて、延びてる二人を引きずりながら、脱兎の如く逃げていった男。
ま、俺殆ど何もしてへんけどな。
ふと振り返ると、老婦人を車椅子に戻してる女が目に入った。
老婦人にお礼を言われ、照れたように笑っとる。
何や、落ち着いて見てみたら端正な顔立ちしとるな。
普通こういう女の方が、タチ悪いんとちゃうん?





「…て、アカン」





遅刻やないか。
時計を見れば、練習開始時刻五分前。
絶対間に合われへん。
部長とヘタレスターに何言われるか…。





『あの…』

「あ?」

『さっきはありがとうございました!』





そう言って笑う女。
その無防備な笑みに思わず見惚れる。
数秒固まっとると、女が心配して声をかけてきよった。
アカン、今日の俺はどうにかしとる。





「別に…」

『おかげで助かりました。私、水神琉那と言います』

「水神か。…俺は財前光や。ていうかお前、アホか」

『へ』

「普通、男三人に向かっていく女なんておらんわ。怪我したらどないすんねん。実際、俺があいつ止めとらんかったら、殴られてたやないか。どないするつもりやったん?」





目を丸くして俺を見据える水神。
まあ、俺自身も驚いとるし無理ないわ。
心配の言葉かけられるなんて、普通思わへんしな。





『か、考えてませんでした…』

「は?」

『いえ…無我夢中だったので…』

「……そっちかいな」

『え?』





この女、どっか抜けとるわ。
何やねん…天然か?
とりあえず、今まで俺らの周りにいた女共とは真逆と言っていいくらいの性格やっちゅーのはわかったわ。
今まで見てきた女は、皆媚びてくる奴らばっかりやったからな。





『あの…何か、お礼させてください』





そう言った女の目に、下心はない。
ほんま、変な女やわ。
礼か…なら、証人になってもらうか。





「この後時間あるか?」

『え?はい、ありますけど…』

「なら、ついてき」

『?…はい、わかりました』





……コイツ育てたん誰やねん。
もう少し、警戒心持たせぇや。





*****


「…遅いなぁ」





今日の練習は午後から。
午前中はオサムちゃんが用あるらしくて、練習できひんかった。
せやから午後から。
ただでさえいつもより短い練習時間。
時間は無駄なく有効に使いたい。
せやのに…、財前の奴遅刻しよった。
それどころか、全然来る気配がない。





「何や白石、恋する乙女みたいやで」

「恋しとらんし、乙女ちゃうわ!」

「あら蔵リン、今日もナイスツッコミやねぇ…!!」

「小春、浮気か!?死なすど!!」

「なあなあ白石ぃ、まだ始めんの?ワイ、早くテニスやりたい!!」

「……はぁ、まあええわ。先に始めとくか」





このまま待ったってしゃあない。
準備運動とストレッチは終わっとるし、軽く打ち合いでも……





「遅れてすんません」

「!」

「遅いやないか財前!!……ん?お前後ろに誰か──」

「こら財前!何で遅刻しよった!!……て、ん?」





誰や?
財前の後ろに誰かおる。
そんなことを思っとると、財前がめんどくさそうに溜め息吐いて、そのコを自分の前に出した。





「女の子…?」





黒いセミロングの髪。
白く滑らかな肌。
小さい顔。
黒水晶や黒真珠を思わせる双眸。
綺麗な、可愛ええ娘やった。





「何先輩方、見取れてはるんですか。…キモいっスわ」

「何やと財前…!」

「まあ、落ち着きぃ謙也。で、財前。何でこの娘連れてきたんや?」





謙也を止めたんは、話が進まんから。
あのままじゃ埒があかへん。
まぁそれ以上に、あの財前が女の子連れてきよったのに、興味があるんやけどな。
財前は女子とは殆ど会話せえへん。
それどころか、練習中に周りで騒いどる女子達を見て、舌打ちしたり毒づいたりしとるくらいや。
そんな財前が連れてきたんやで?
それはもう、興味しかあらへんわ。





「はぁ…琉那、さっき言ったこと頼むわ」

『え?あ、うん!』





さっき言ったこと…?
ちゅーかちょい待ち!
琉那…?
財前が…ファーストネームを呼び捨て、やと…!?
益々興味湧いてきたわ。





『あの…光君が遅刻したのは、私のせいなんです。ごめんなさい!』





光君…!?
名前呼び許したんかいな!
ちゅーか、私のせいて…この娘、何かしたんやろか?





「何があったんや?」





俺はできるだけ彼女を刺激しないよう、優しく声をかけた。
すると、ポツリポツリと彼女の口から、何があったか話された。
それを聞き終わる頃には、俺達は笑いを隠せんようになるなんて、この時の俺は予想もしなかった。

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