21.見学
『──伯父さん…!』
「榊監督…て、伯父さん!?」
振り返ると、やっぱり其処にいたのは伯父さんだった。
隣にいた忍足さんは、目を大きく見開いて驚いている。
あれ?
そう言えば今、"榊監督"…って言った?
「琉那ちゃんの伯父さんて、榊監督やったん!?」
『?…はい。あの…"榊監督"ってことは、忍足さんて──』
「テニス部だぜ」
『景ちゃん、樺地君!』
「ぶふっ…!」
私の言葉を遮って、伯父さんの後ろから現れた人達。
景ちゃん基、跡部景吾先輩と、樺地崇弘君。
名前を呼べば、隣の忍足さんが吹きました。
…景ちゃんの忍足さんを見る視線が冷たいです。
絶対零度とは正にこのこと。
「良い度胸だな、忍足。アーン?」
「い、いや…すまん。…景ちゃん…くくっ」
「「『…』」」
「……殴るぞ」
いや、あの忍足さん。
景ちゃんの顔ひきつってます。
握った拳が怒りに震えてます。
樺地君がそれ見て焦ってるし…、何より景ちゃんに殴られますよ?
そんなことを思っていると、思いが通じたのか漸く笑いが止まった忍足さん。
景ちゃんは顔はひきつっているものの、拳は解かれている。
殴る気はなくなったようだ。
ホッとしていると、忍足さんに声をかけられた。
「跡部と知り合いなんか?」
『え?あ…はい。私が小学生の時に、伯父さんを通して…』
「なるほど、それで景ちゃんか…」
「後で覚えてろよ。…ところで、よく辿り着いたな琉那。忍足が案内したのか」
『うん。忍足さんが声かけてくれたんだ』
「そうか…、良かったな」
そう言って優しく頭を撫でてくれる景ちゃん。
あれ、私子供扱い?
「何にしろ、辿り着けて良かった琉那。話がある、行くぞ」
「ついでだ。忍足も来い」
「ついでかいな。でもまあ、わかったわ」
忍足さんが頷くと、伯父さんは踵を返し歩き出す。
私達は、伯父さんの後をついて歩き出した。
*****
「簡単に言えば跡部。お前には琉那が危ない目に遭わないように、気を配ってやってほしい」
誰もいない音楽室に着くと、伯父さんは私が合宿に参加することを話した。
景ちゃんと樺地君、忍足さんは最初こそ驚いていたけれど、今は落ち着いて話を聞いている。
そしてそんな三人に今言ったのが、これ。
はっきり言って、いりませんそんな気遣い。
それを言えば、何言ってんだコイツみたいな目で、伯父さんと景ちゃんに見られました。
…私、正論ですよね?
樺地君と忍足さんを見れば、申し訳無さそうに苦笑いをしていた。
良かった、二人は私の味方だ。
なんて安心してる間にも、着々と進んでいる計画。
…もう、どうにでもしてください。
「そう言えば、琉那ちゃんは此処来たことあるん?」
『はい、何度か。この間も来ましたよ?練習風景見させてもらいました』
「この間?俺が休みの日かもしれんなぁ…。他の奴らには会ったん?」
『はい』
やったら、やっぱり俺が休みだった日やな。
苦笑を零す忍足さん。
残念そうに見えたのは、私の気のせいだろう。
『……あの、忍足さん』
「ん?」
『……日吉君、手首大丈夫ですか?』
「手首?」
『この間来たとき、怪我していたので』
知らないのかな?
苦笑して訊ねると忍足さんは、首を傾げて頭上にクエスチョンマークを浮かべた。
言ってない?
あれは、重くはないけど軽くもない。
放っておけば、酷くなる。
でも……
『あの…、今日見て少しでもそういう素振りを見せたら、病院を勧めてあげてくれませんか?』
「…そんなに酷いんか?」
『重くはないですけど、軽くもないです』
苦笑して言えば、少し表情を険しくする忍足さん。
やっぱり言ってないんだ。
どうして?
やっぱり、忠告したのが私だから?
「…せやかて、琉那ちゃんが言えばええんとちゃうん?」
『私じゃ駄目です。何か、嫌われちゃってるみたいで』
この間来た時のことを思い出し、苦笑する。
皆、自己紹介をしたらし返してくれて、宜しくと言ってくれた。
でも、日吉君だけは違って…。
「帰れ」『…』
あれは、完全に私を嫌悪する目だった。
特に、私が何をしたって訳じゃない。
けどやっぱり、真剣にテニスをやってる人にとって、私みたいなのが来るのは邪魔だったんだ。
皆さんが優しすぎるだけで、あれが普通なんだ。
「……、…琉那ちゃ──」
「よし、行くぞ琉那」
「『?』」
忍足さんが何かを言い掛けたとき。
今まで景ちゃんと何か話し合ってた伯父さんが、私の手を引いて歩き出す。
え、え…?
どういうこと?
何処行くの?
「さ、榊監督?何処行きはるんですか」
私の気持ちを代弁するかのように、投げかけられた質問。
伯父さんは忍足さんを見ると、コートだと返した。
え、コート?
コートって…今日、テニス部の皆さん練習じゃ…。
「お前が参加することを言うことにした」
止めてください。
本気で、止めてください。
迷惑だから。
主に日吉君に迷惑だから。
しかし思いは通じず、そのままズルズルとコートまで連れて行かれたのは言うまでもない。
*****
「マジマジ!!?琉那ちゃん来んの?俺嬉Cー!」
そう言って抱きついて来たのは、ジロちゃん。
ジロちゃんに、そう呼んでと(強制的に)言われたので、彼だけはそう呼んでます。
他の人は例外を除けば皆普通で、宜しくと笑顔を向けてくれた。
因みに例外の一人、鳳君は目を輝かしてる。
……何で?
まあ、もう一人の例外は言わずもがな。
「…」
先程からギンギンに睨んで来る、日吉君。
あぁ、やっぱ嫌われてます。
『あの…私、もう用がないのでコレで──』
「せっかくだから見てけよ!」
『へ?』
「そうですよ!琉那ちゃん、せっかくだから…ね?」
いや、…ね?…と言われましても…。
チラッと日吉君を盗み見ると、怒っていました。
突き刺さるような、鋭い視線です。
何て提案するんですか、向日先輩!
誘われるのは嬉しいけれど、日吉君が怖いです。
「長太郎の言うとおり、見てけよ。スポーツ見るの、好きなんだろ?」
『え?…はい、そうですけど…』
どうしよう。
日吉君から、早く帰れオーラが滲み出てる。
皆さん、気づいてあのオーラ。
しかしそんな小さな精一杯の抵抗も虚しく、私は練習観覧することに。
日吉君、帰らなくてごめんなさい。
*****
正直、驚いた。
振り返った女の子は息を呑むほど綺麗で、監督の姪らしくて。
ミーハーやない、ええ娘やった。
案内ありがとうございました…って、丁寧にお礼してくれたし。
オモロいしな。
けど、日吉の怪我の話になった途端に、哀しそうな表情になった。
嫌われてるみたい言うとったから、それのせいやと最初は思った。
けど、ちゃう。
あれは…もっと他に、別のことがある。
跡部なら知ってるんやろけどなぁ。
あと、一緒にいる樺地も。
まあ、言いたくないもんも人にはあるしな、俺は訊かんわ。
でも…ま、日吉のあれはどうにかせなアカンな。
手首、ホンマに怪我しとるみたいやし。
しかも、琉那ちゃんの言うとおり、日吉の奴嫌っとるわ。
まあ、毎日毎日ネットの外で黄色い声あげられれば、女性不信にもなるわな。
仕方ないっちゃ仕方ないんやけど、日吉は特に酷いしな。
どうしたものか。
そんなこと考えとると、平部員達にドリンクとタオルを配っとる琉那ちゃんが視界に入った。
あの娘、ホンマええ娘やな。
気が利くし、手際がええ。
青学がマネージャーに選ぶのも当然やな。
平部員達なんか、顔赤うしとるわ。
琉那ちゃんは平部員達に配り終えると、今度は俺達の方へ来た。
順番に配ってくれて、俺ももろた。
問題は後一人…。
『あの…』
……日吉や。
うわ…ごっつ嫌そうな顔やな。
どんだけやねん。
ふと周りを見れば、皆見守るように二人を見とる。
何や、心配やったんかい。
まあ今は周りよりあの二人や。
日吉、琉那ちゃん傷つけたらアカンで…!
*****
『あ…の、日吉君』
「…」
『これ…』
ドリンクとタオルを差し出すも、いらないと一蹴。
ごめんなさい、私なんかから手渡しでごめんなさい。
『あ…そっか、ごめんね』
「…」
無視だ。
完全に嫌われてますね私。
でも…、ドリンクとタオルは駄目でも、コレだけは言わなきゃ。
コレは、日吉君のこれからに関わる。
『日吉君…お願い。その手首、ちゃんと病院行って』
「…」
『じゃないとその手首、使い物にならなくなっちゃう…』
さっき見たけど、前より悪化してた。
これは脅しとか、そんなのじゃない。
テニスだって、ラリーやってるだけで精一杯なはず。
本当に…このままじゃ、テニスできなくなっちゃうかもしれない…!
そんなの…、そんなの絶対駄目…!
『日吉く──』
「アンタには関係ないだろ」
『でも…!』
「…監督の姪だかなんだか知らないが、アンタにとやかく言われる筋合いはない。アンタの言うこときくくらなら、怪我が悪化したほうがマシだ」
『!』
パシンッ
「「「!?」」」
「…っ…何す──」
『ふざけないで!!』
ふざけないで…、ふざけないでふざけないでふざけないで…!
私の言うこときくくらいなら、悪化したほうがマシ?
そんなの…、スポーツ選手が口にする言葉じゃない。
『私が嫌いなら嫌いでいい!でも…、そんなこと言わないで…、怪我を甘くみないで…!その怪我は、放っておけば、本当に使い物にならなくなるの!!テニスができなくなるかもしれないの!!』
ああ…、視界がぼやける。
驚いた日吉君の顔が、ぼやけて見える。
何で泣くの、私。
泣くなんて、卑怯だ。
『私は…他人だよ。でも…、誰かが大好きなことをできなくなるのは嫌なの。例えそれが他人だろうとね。綺麗事だってわかってる。…でも、もう…』
私みたいな人を作りたくないの。
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