19.アドレス

初めて会った時、君はピアノを弾いていた。
優しい音色、優しいメロディー。
誘われるように音楽室に行けば、君を見つけた。
気づけば俺は彼女の弾く音楽に聴き入ってしまっていて。
音が止んだとピアノの方を見れば、君と目があった。
俺はこの時初めて、ちゃんと彼女の顔を見た気がする。
黒い髪、白く滑らかな肌、端正な顔立ちの少女。
黒く澄んだ双眸は大きく見開かれ、俺を映していた。
息を呑んだ。
曲もそうだけれど、彼女自体に見惚れた。





「あの──」

『ご、ごめんなさい!』

「え?」

『勝手にピアノ弾いたりして、ごめんなさい!あの、私これで失礼します!!』





慌ててピアノをしまい、傍にあった荷物を纏め、帰ろうとする少女。
ごめんなさいって…ああ…この娘、他校の娘か。
この制服は、陽光中かな?





『すみませんでした!』

「あ、待って!」

『え?きゃっ…』


ドテッ


「『……』」





…ドジ、なのかな?
うつ伏せに倒れ込むように、転んでしまった少女。
俺は慌てて駆け寄り、彼女を立たせた。
その間にも謝ってくる彼女を見て、何故か俺が悪いことをしてしまったような気分になった。





「謝らないで大丈夫だから…。ところで、君は?」

『よ、陽光中二年、水神琉那です…!』

「琉那ちゃんか。ピアノ、上手だね」

『滅相もないです…!…あの、音楽好きなんですか?』

「え?うん」





頷くと、パッと花が咲いたように笑う琉那ちゃん。
何だろうこの娘、可愛い。
そんなことを思っていると、鞄からゴソゴソと何かを取り出し、俺に差し出した。
それは一枚のCD。
何だろうかと首を傾げると、琉那ちゃんがそれを読んだかのように、説明をくれた。





『私が弾いたので申し訳ないですが…、良かったらもらってください』





先程の曲と、他に数曲入ってます。
琉那ちゃんは微笑むと、失礼しますとお辞儀して去っていった。
あの後俺は、家に帰ってその曲をかけた。
部屋に広がる、優しい音色、優しいメロディー。
そして、元気が出る。
入院した時だって、手術の時だって、リハビリの時だって、大会の時だって。
いつだって、この曲達に元気をもらった。
ずっとずっと、彼女に…琉那ちゃんにお礼がしたかった。
会いたかった。
けれど見つからなくて…、諦めかけてた時。
定期検診に病院へ行った俺の目に、待合室の椅子に、口元を緩めて座っている君が映った。
長かった髪はセミロングになっていて、顔立ちも前より大人びていて、前より更に綺麗になっていた。
でも、間違いない。
水神琉那ちゃんだった。
俺は迷わず彼女の横に座り、声をかけた。
すると、俺を捕らえた黒く澄んだ双眸。
黒水晶みたいな瞳に、思わず吸い込まれそうになった。
話してみると、どうやら彼女は俺を覚えていないらしい。
驚いて少しショックを受けたけれど、……嬉しいと思う自分がいた。
端から見たら、綺麗だとか言われるこの容姿。
俺はそんなことどうでもいいけれど、女子はこういう顔が好きらしい。
所謂ミーハー。
俺が所属する立海テニス部には、顔立ちが良いのが多い。
特にレギュラー。
練習中は、女子生徒達の黄色い声にいつも悩まされる。
つまり、ミーハーな女子は苦手。
外見だけしかみていない女子は苦手だ。
けれど、彼女は違う。
琉那ちゃんは、俺を外見で判断したりするような娘じゃない。
それが、凄く嬉しかった。
だから、その後の何故此処にいるのかっていう質問にも答えた。
彼女以外だったら多分、話してない。
琉那ちゃんだからこそ、話したんだ。
でも、まさか泣くとは思わなかった。
横を向いた時の彼女の泣き顔に、驚きつつも心臓が跳ねた。
脈打つスピードが速まる心臓。
俺は必死にそれを抑え、あくまで平常心を保ちつつ、琉那ちゃんに何故泣いているのか訊ねた。
感情移入でもしてしまったんだろうか。
そんなことを思って訊ねた。
だから、驚いたんだ。





『幸村さんが…泣かないから…っ!』

「え…?」

『そんな、悲しそうな表情…しないでください。…泣きたい時くらいなかないと、泣けなくっ…なりますよ?』





琉那ちゃんの涙は、俺の代わりだった。
嬉しかった。
悲しいときに、俺の涙は出なかったから。
代わりに泣いてくれる彼女が、何故だか急に愛おしくなってくる。





『幸村さんのこと全然知らない私が言うのは、可笑しいかもしれません。…でも、もっと周りを頼ってあげてください』

「…!」

『幸村さんは頑張ったんですから、もっと周りに甘えないと』





涙を拭い、真っ直ぐ俺を見据える琉那ちゃん。
その言葉は俺の胸にストンと落ちた。





「…、……うん、そうだね。何か心が軽くなったよ。ありがとう」





にっこり、笑った。
彼女を安心させるように。
すると琉那ちゃんも、ふわりと笑う。
その笑顔が愛らしく、思わず顔に熱が集中した。
熱い顔を隠すように琉那ちゃんから背け、別の話を始める。
暫く他愛もない話をした。
笑顔を見せてくれる琉那ちゃん。
ただ普通のこと。
けれどそれが、今の俺には凄く楽しい時間を創り出してくれた。





「幸村さーん、幸村精市さーん」

『!…呼ばれてますよ?』

「うん、そうみたいだね」





君ともう少し話をしていたかったけど、残念だ。
口には出さず、胸の内に言葉をしまい込む。





「ああ、そうだ」

『?』

「これ…」

『これ…、アドレスと電話番号…?』

「うん、俺の」





もし良かったら、連絡くれると嬉しいな。
にっこり笑うと、ポカンとした表情の琉那ちゃんを残して、部屋に入った。

連絡、くれるといいな。
こんなにも異性を愛おしく想ったことは、今までないんだ。
だから…全力で君を奪いに行くから覚悟してね──


─────琉那ちゃん

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