08.子猫

『──あれ?』





放課後、今日も雪兎は部活のため、一人で帰る。
けれど、途中で茂みを前にしゃがんでいる男の人を見つけた。
頭にバンダナを巻いていて、ジャージ姿。
脇にラケットを抱えている。





『何してるんですか?』

「!…誰だ、お前」

『あ、私は二年の水神琉那です。いきなり話しかけちゃってごめんなさい』

「いや、いい。
──水神…?水神雪兎の双子の姉の?」

『あ、雪兎のこと知ってたんですね』

「同じクラスだからな…」





そう言った彼に、雪兎の言葉を思い出す。

確か、海堂が…ってよく話すよね。





『もしかして、海堂薫君?』

「!」

『あ、違った?雪兎との会話によく出てくるんだけどね』

「いや、合ってる」

『なら良かった。ところで、海堂君は何してたの?』





当初の疑問を再度投げかけると、海堂君は何も言わず茂みを指差した。
そこには、白い子猫が。





『わぁ、可愛い!!』

「近づかない方が良い。人間を警戒してるから……って、おい!!」





海堂君が何か言ってるけれど、私可愛いモノには目がないんです。
海堂君ごめんなさい。

そっと近づき、手を差し伸べる。
案の定警戒されるが、手を離そうとはしない。





「お、おい…」

『大丈夫…大丈夫。怖くないよ』





更に手を伸ばす。
すると、猫がガブリと噛みついた。





『っ…』

「!…おい、大丈夫か?!」

『大丈夫だよ、海堂君。ね…?猫ちゃんも、大丈夫だから。怖くないでしょ?』





すると、噛みついたままだった子猫が、私の手を解放し、舐め始めた。





『ふふ、良いコだねー。ほら、海堂君。大じょ……海堂君?』





子猫を抱き上げて撫でながら海堂君の方を向くと、彼はそっぽを向いてしまっていた。

え、何かデジャヴ…。





『海堂君?』





もう一度名を呼んでみると、何でもないと返されてしまった。

何でもなくはないでしょうに。





『海堂君、子猫撫でない?』

「は?」





あ、やっとこっち向いてくれた。

ほんのり顔が赤いのは、どうしたのだろうか?





『いや、撫でたそうにしてたから…』





撫でない?
もう一度言って子猫を差し出すと、海堂君はそっと手を伸ばし、撫でた。
子猫はゴロゴロと鳴き、気持ちよさそうに目を細めている。





『わぁ、慣れてるね。猫好きなの?』

「あぁ…」

『そっか』





返事をすると、ふとラケットが目に映った。

そう言えば、未香が言うにはテニス部は大変らしい。
ミーハーな女の子達がテニスコートを囲んで黄色い声をあげているようで。





『海堂君、テニス部なんだね』

「!…、」

『頑張ってね』

「は?」

『テニス部は色々大変だって聞いたから。だから、頑張って』





そう言うと、何故か呆けてしまった海堂君。
そんな海堂君を疑問に思いつつ時計を見ると、既に結構時間が経ってしまっていた。





『わぁ、もうこんな時間!!海堂君、今日はありがとう!!部活頑張ってね。あ…あと、これからも雪兎を宜しくね。それじゃあ!!』





言いたいことだけ言って、駆け出す。

海堂君に録な挨拶できなかった。
ごめんなさい、海堂君。
でもね、今日はダメなの。
だって、スーパーの特売日なんだもん!!

いや、伯父さんは十分すぎるくらいお金をくれるんだけど、申し訳無くて。
伯父さんからの申し出を断って、わざわざ青学に転入しちゃったりしてるし。
伯父さん自体は気にしてないみたいなんだけどね。

そんなことを考えながら、スーパーへ向かって駆けた。





*****


今日、部活の休憩中に子猫を見つけた。
だが警戒心が異常に強く、近づけない。
諦めようかと考えていた矢先、アイツが来た。

水神琉那。
雪兎の双子の姉で、桃城のクラスの転入生。

警戒心剥き出しの子猫に近づき、噛まれても手を引かない。
あの程度なら、振り払えていただろうに。
だがそのおかげか、子猫は懐いた。

変な奴だと思った。
俺を怖がらないし、テニス部と聞いても、頑張ってと言うだけ。

けど…



"ふふ、良いコだねー"



何故か、あの笑顔が頭から離れなかった。

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