「君は死にたいと思ったことがあるかい?」
ふるり、と瞼が震えた。その手に持つ物は女性の首だった。穏やかに眠るその顔はゾッとするほど美しい。確かに屍の筈であるのに、まるで生きているかのような錯覚を生み出す。部屋の主が人を観察する為にと全面硝子張りにした窓からは、人工の明かりが爛々と降り注ぎ、首を幻想的に照らし出す。私は只々魅入った。その非日常の存在に、儚い今にも崩れてしまいそうな存在に。
「ありますよ。誰にでもあるんじゃないですか?」
愛おしそうにうっとりと目を細め髪を撫でる青年を見ないようにしながら緊張の面持ちで口を開いた。どうせ彼はきっと私のことなど気にも留めていないのだろうが。
髪を梳いたり頬を撫で付けたりと私の方には目もくれない。青年の秀麗さと相俟って、首から上を見れば寄り添う美男美女カップルに見えなくもない。勿論、首から下は三流ホラー映画の出来にしか見えないけれど。
「俺はないね。俺はさ、死んだらそこには何もないと考えてる。無だよ。いや、無と感じる自分さえも存在しなくなるんだ」
鋭く眇られた双鉾は何も映さない代わりに幼く歪んだ。
あぁ、この人は子供だ。いつまでたっても、残酷に無邪気に純粋に一途に。
ただひたすらに。何かに怯えたようにそこから先沈黙してしまった。いつもの饒舌さからは考えられないほど。しかし、私は知っている。彼が何に怯えているのか。彼が何も知らないことを。
「貴方は、怖いんですね。死ぬことが、何よりも」
一層瞼が震えた。泣く寸前で堪えたような綺麗な表情。私は彼のこの顔が一番好きだ。
「うん。だから、俺は死にたくないな。俺が存在しているのなら、例えこのくそったれな世界でも生きていたい」
一人にはなりたくないんだ。そう続けた青年は、今だ眠る首より酷く儚かった。
「人間は曖昧だ。勿論俺も含めて。だけど、あいつは違う。確かにそこに存在していると、全身全霊で世界に主張している」
またあの男の話か。あの男は嫌いだ。誰より人間らしい癖に人間じゃない。人間じゃない癖に日常の中に生きる、そんな非日常の存在。それになにより彼の興味を一心に受けることができる。私などまともに目すら合わせてくれないというのに。
「羨ましいです」
そう言うと彼はそうだね、と呟いた。きっと私の考えている羨ましいと彼の考えている羨ましいは違う。分かっているのに、どうしようもない優越感に苛まれる。本当にどうしようもない。
あまりに無意味で非生産的。自己満足ですらない。
「羨ましいよ。それ故に眩しい」
貴方は気付いているのでしょうか。平和島静雄を語る時の微笑んだ貴方が、何よりも眩しいということに。人工の明かりが青年を美しく照らした。私は只々魅入った。
そして、貴方はまた平和島静雄という化け物に会う為に人間を愛すのだろう。貴方を一人にしないのも彼だけなのだから。
淋しがり屋の貴方に幸あれ。
私は静かに涙を流した。








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