神様は死んでしまったよ | ナノ

テツヤの結婚式を最後まで出られないままにまた時間の遡及は行われて、俺はその後何度も巻き戻った時間の中でテツヤを手に入れようともがいた。
数えたのは両の手で数えられるまで。十回を過ぎたところで俺は数えることを放棄した。どの周回でも俺はテツヤの手を取ることができなかったのだ。
三周目までのテツヤが嘘だったかのように、彼は俺の好意をのらりくらりとかわしていたし、告白の隙すら与えない。しかも、ようやく縮めた距離は、仕事だなんだと理由をつけられてまた少しずつ離れていった。それが意識的なものなのか無意識のものなのかはわからない。彼の無表情とポーカーフェイスは周を重ねるごとに質を高め、今では相棒である火神ですら彼の表情の真意など読み取ることなどできないだろう。多分誰にも、もうできない。俺だけは、一見分かりにい些細な感情の機敏を読めると最初の方でこそ思っていたが、そのうち俺らしからぬことだがそんな自信も消え失せることとなる。テツヤは俺の方を見ることが格段に減ったし、いつかのあの頃のように二人で一緒にいることはほぼなくなっていたからだ。
戻る時間はどんどん長いスパンになっていった。最初は当日の朝に戻っただけだったものが長くなっていく。どのくらい経つとリープするなんていう法則は一切なくて、時間の跳躍は、俺の感情によってのみ左右される。絶望の淵。それを視界の端に捉えると時間は必ず巻き戻った。それはあの日に戻れたら良いのにと思った頃であったりそうでなかったりまちまちだった。
リープはとうとう大学在学中にまで遡る。
唯一確かなことは、時間の遡及が繰り返せば繰り返すほど、テツヤとの関係性が希薄になっていくことと、テツヤの小指にある俺にしか見えない水色と赤い糸の本数が増えてゆくこと。見えるのに触れられない二色の糸は今では雁字搦めに絡んでいて、どんなに優しく触れても解けそうにない。糸の数は、俺がリープするだけ増えていった。俺だけが見えているそれ。今となっては何本あるのかすらわからないし、数えられるような量でもない。
俺がリープすればする程数を増やしていくその糸は、今まで俺が殺してきたいつかの俺とテツヤのようだと思う。直接手をかけて殺したわけではない。しかし、俺はテツヤとしあわせになれない、その理由だけでいくつもの過去とそれに付随する未来の変更線を勝手に弄ってきた。俺の意識が時間軸を超えたら、超越する前の俺たちがどうなるか、全く分からない。
それは誰がどうみてもあまりに無責任な行動だ。そういう意味で、俺はいくつもの俺とテツヤの未来を見殺しにしてきたのと相違ないだろう。多分、時間遡及の度に増えていく二色の糸は、因果だ。俺が作り出した、雁字搦めの因果。どの世界でもテツヤはしあわせになれと言う。その呪いのような言葉だけを胸に抱いて繰り返された時間跳躍の軸はテツヤ以外にいない。
自分の幸福を祈るばかりに無責任さを以て改竄を繰り返し続けた俺の罪は、テツヤの周りをも取り巻いている。その因果は絶ち切ることができないだろう。確信めいた予測があった。この因果の中心は、俺のテツヤへの恋心のみを原動力にしているようなものだ。
何度も叶わない願の果てにある未来を殺してきたくせに、俺の恋心だけは、一度も死んでいないのである。もがけばもがくほど遠くなってゆくのに、彼という存在を、俺の恋心を、あきらめることはどうしてもできなかった。
テツヤが俺から離れたいと、それが幸福だというのなら仕方がないと思ったことは何度もある。しかしそう思うたびに彼の言葉が脳裏を過るのだ。泣きそうなすがるような笑顔で「しあわせになってください」と言うテツヤ。俺のためだと思っているのかなんなのか知らないが、呆気なく俺のことを手放す癖にあんな表情をするなんて反則だと思う。俺のしあわせがどんなものだか、一体どこにあるのか、全然わかっていない。ちっとも知らないくせにしあわせになれと今にも引きちぎられてしまいそうな顔をして言うのだ。
意固地になっている部分もあると思う。しかしそもそもの未練はテツヤに好きだと、伝えたい。たったそれだけだったはずなのだ。しかし、いつの間にか欲が出てテツヤとしあわせになりたいと思ってしまった。そして、それ以上にテツヤがしあわせになれというのならば、しあわせになってやる。

但しそれはお前も道連れなんだよ。





遠ざかる未来まで迎えに行く



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