神様は死んでしまったよ | ナノ

死んだと思ったあの日、待ち合わせ場所を変えて、遠慮する彼の家まで迎えに行くことによりトラック事故は未遂に防いだ。遠慮するテツヤを「おは朝占いは同率最下位、ちなみにラッキーアイテムは共に車だ」と言ってやればため息をつきしぶしぶと言った様子で提案を受け入れた。ついでにお前は鈍くさいから事故にでも遭ってしまいそうだよ、と本音を告げれば、彼は一呼吸置いたあとに「縁起でもないこと言わないでください」と怒っていた。頑固なテツヤが珍しく意見を曲げたのだから、おは朝占いも捨てたもんじゃないなと思う。
インターネットでも新聞でもニュースでも注意深くトラック事故、或いは自動車運転の過失による交通事故死をそれとなく調べてみても、俺が死んで生き返った日の前後三日に特筆して事故はなかった。毎日のように交通事故による死はあるようなのに、それが一切なかったというのは何の巡り合わせなのだろう。偶然とも思えなかったが、それについて調べる手立てもない。

人はいつか死ぬ。そんなわかりきったことを改めて重く心に受け止めた俺は、その日テツヤに告白した。ゆっくりと距離を詰めた七年間。長いようで短いようなあっという間の時間だった。彼と知り合って、彼を好きになって十年以上経っていた。光陰矢の如しという言葉はこんな時に使うのだとぼんやりと思う。
吹けば消えてしまいそうな儚げな印象すら与える容姿にそぐわず、誰よりも男前な性格をしているくせに、テツヤは変なところで照れ屋だったらしい。
好きだと、シンプルな言葉で自分の気持ちを伝えた時、彼は、驚いたようにラムネ瓶の中のビー玉みたいな瞳を見開いた。そしてそのアクアマリンをそっと細めて顔を伏せると一回りくらい小さなその手で俺の手を弱弱しく握る。
中学から高校までバスケをやっていたのに、体格の差のせいか彼の手は俺よりも少し小さめだ。高校を卒業するまでに俺はいくらか身長が伸びていたが、彼はぎりぎり百七十センチあるかないかの瀬戸際を彷徨う程度にしか身体の成長が見られなかった。それを悔しげに話していたのを思い出す。

ボールを扱い続けた故に固い皮膚に覆われたてのひらはほんの少し震えていた。掠れるような小さな声で「ボクも好きです」と。それが彼の返事だった。

嬉しくて、満ちるようなあたたかな感情が湧きあがって、これが恋の成就の幸福なのだと思う。震える手を握り返すと、快晴の空を思わせる表情で瞳を潤ませながら彼は笑った。思わず抱きしめた彼の左手の小指には、紅と水縹の細い糸が一本ずつ絡んでいる。その糸は俺に向って伸びていて途中から見えなくなる。不思議に思って触れようと手を伸ばしてみたが、その糸に触れることは叶わなかった。


幸福とは、こういうことを言うのだと思う。仲間と共に得た勝利とも、取りとめもないことでじゃれあった学生時代の思い出ともつかぬ、満たされる感覚を初めて知った。バスケに熱い闘志を燃やした俺たちの恋愛は、決して身を焼かれるようなアバンチュールな大恋愛ではなかったと思う。それはテツヤが隣にいるがゆえにもたらされる幸福だった。喧嘩もしたし、口をきかないことも、言い争いだってした。心無い言葉で罵って、傷つけてお互い泣いた。それでも俺たちは幸福だったと思う。ふたりがめぐりあって隣にいることが奇蹟で、寄り添うことで仕合わせが生まれた。
飲みすぎた彼が甘えてきた時、素直になれずに拗ねた俺を彼が許してくれる時、干したばかりの布団でふたりでうたたねをしてしまった時。お互いの好みの味付けを覚えることが、寝起きが悪くて寝つきが良いなんていう生活サイクルを知ることが、こんなにも心をあたたかくするのだと初めて知ったのだ。自分の初めては殆ど彼に奪われている気さえしたが、それは相手にとっても同じことだったようで。「ずるいです」と口を尖らせる彼に口づけすることができたからそんな人生も悪くはないと思えた。




空はいつも同じ色をしていた



- ナノ -