短編 | ナノ

証言その一
赤司っていつも弁当なんだよ。しかも大して美味しそうじゃないやつ。入学当初なんて相当やばかったぜ。え、それがメシ?みたいな。色がアメリカのケーキみたいにとにかくヤバイとかそういうんじゃなくて、見た目は普通なんだけどそれが弁当?みたいな。…いやマジだから。だってゆで玉子と白飯しか入ってなかったんだぜ。おかず入れる段にゆで卵が四つ。あと失敗して焦がしたんだろうな、申し訳程度に白飯の上に茶色っぽくなった炒り卵が乗ってたわ。卵、卵、白米ってどうよ?ありなの?思わず、その弁当…って言っちゃったんだけどさ、ああ、少ないよな。もう少し量を増やして欲しいんだが…って。いつも役者みたいに完璧なおキレーな笑顔なのに、すんげえ優しそうな顔でゆで卵見てんの。あれな慈愛?母性?ってやつなのか?ほら、歳の離れた兄弟のイタズラをやんわりゆるしてやるみたいなさ、そんな感じ。ぶっちゃけ突っ込みどころは量じゃなかったんだけど赤司のあんな表情見たら拍子抜けしちゃって、ああそっか、ってそれくらいしか言えなかったわ。最近はさ、大分マシになってきたけどそれでもあんまり旨そうではないな。全体的に茶色いか、白いか。夏は冷や奴とか入ってる時あるんだぜ?え、あいつ豆腐好きなの?いやいやそれにしたってないだろ。家で食えよ。あっ一部始終オフレコでお願いします。だってまずそうって言ったやつとか弁当バカにしたやつめちゃくちゃ単位落としてたんだよ。オレあんな思いしたくねーわ。あと赤司の弁当の何がやばいかって、機嫌悪いなって思った時の弁当の中身見たことある?あれ、狂気の沙汰だと思うわ。日の丸弁当に増えるワカメが入ってんの。増えるワカメなんてヒデーぞ。ご丁寧に魔法瓶?スープジャー?に水入れて、開けたら溢れ出るようになってた。確実に嫌がらせだわ。開けたらワカメがもこもこ溢れ出るとか軽くホラーだろ。いやオレとかからしたらギャグだけど。しかも日の丸が何でできてると思う?梅じゃねーんだよ、紅生姜だった。嫌いなんだってよ。紅生姜とワカメ。ワカメっていうか海藻全般好きじゃないって言ってたな。あとひどい時はおかずの段にぎっしり昆布巻きが入ってたこともあるな。昆布巻きって言ってもすげーぞ。巻いてるのワカメだからな。あれ分厚いから乾燥ワカメじゃなくて生ワカメだと思うんだよ。嫌がらせ通り越してイジメだわ。でもあいつ絶対残さないんだよな。自分から言うことないけど、あいつ良いとこのおぼっちゃんじゃん?そういう教育されてるのかなって思ったけどそれだけじゃないと思うんだよなー。根拠はないんだけどさ。ヤバイ弁当の時って喧嘩してるんだってよ、同居してるやつと。弁当も全部同居人が作ってくれてるらしい。で、殆ど弁当だし、一緒に住んでるやつが弁当作ってくれてるとかさ、彼女かなって思うじゃん?彼女の愛妻弁当?って聞いたら、いや、友達って。友達とルームシェアって言い張るんだけどさ、普通毎日同性の友達が弁当作ってくれるもんなの?オレだったら絶対しないな。自炊してたってただの同居人の友達に毎日弁当作るか?やっても昨日の残りモンとか冷凍食品詰めるわ。毎日見てるわけじゃないけど赤司の弁当って冷凍食品なんか入ってるところなんて一回も見たことないんだよ。豆腐好きって聞いて納得したんだけどよくハンバーグとか肉団子とか入ってるんだけど、あれきっと豆腐ハンバーグとかなんだろうな。焦げてることも結構あるけど、めっちゃマメだし、労力はんぱないし、友達だとしてもどう考えたって赤司のこと好き過ぎるだろ?だから聞いてみたんだよ。どんなやつ?って。そしたらさ、見たことないような顔で、可愛い奴だよって言うんだぜ。あんな笑顔見せられたら誰でも赤司のこと好きになるわ。イチコロだろ。え?オヤコロ?何それ、え?わからなくていい?よくわからんけどまあいいや。そんな笑顔見せるくらいのやつなら友達とか絶対嘘だわ、どう考えても彼女だろって思ってさ、写メとかねーの?って聞いてみたわけ。そうしたら今度はあいつ、あるけど見せたくないって。あげくの果てに、何だ恋人がいないからって男にでも走るつもりか?とか言われたんだけど話飛躍しすぎだし。見せたくないって言った時の顔見せてやりたいわ。面白くないっていうのがありありと表れてたからな。へえ赤司でも嫉妬とかするんだって思ったよ。なんかあいつ俗物的なところなさそうって思ってたんだよな。どんなに女に擦り寄られても人好きするような笑顔でかわしてるしさ性欲とか三大欲求とかそういうのないんじゃないの?って思ってたわけ。一回ちらっと見たことあるのが、スマホの待ち受け見てる赤司の横顔なんだけど。お前見たことある?やばいぞ。幸せそーな笑顔してるんだよ。例えるならできたてほやほや新婚夫婦?待ち受けが赤司の言う同居人の友達で、秘密の彼女なんだろって思ってさりげなく画面見たことあるんだけど水色の髪した男なんだよ毎回。しかも定期的に変わってて、エプロンして掃除機かけてるところとか、洗濯物取りこんでる後ろ姿とか、あとすげー至近距離の横顔とかもあるんだよな。多分本読んでるんじゃないのか、アレ。大体目線がこっち向いてないから隠し撮りだと思うんだけど、隠し撮りして待ち受けにするほどすごい人間とも思えなかったんだよな、第一印象だけど。まあ、雰囲気は可愛いかなって思ったよ。なんつーか子犬みたいな。でも大体無表情。あと何か平凡って感じで影薄いなーって。正直待ち受けにして幸せそうな顔向けるような人間なのかなって思ったわ。で、色素薄いし忘れちまいそうな顔してて実際忘れかけてたんだけど、学内で人にぶつかったんだよ真正面から。何だよ前向いて歩けよとか、何で気付かなかったんだとか色々思ったんだけど、見下ろした頭の色に見覚えがあってさ。すみませんって顔をあげたそいつの表情見て一瞬誰だっけって考えて、あーって声上げた。赤司の待ち受けのやつだったんだよ、そいつ。でも名前も知らないし、オレが知ってるの赤司の同居人ってくらいだし、待ち受けは隠し撮りっぽいしなんて説明しようかなって思ってあーとかうーとか意味のない言葉ばっかり言ってたらさ、君、ボクが見えるんですかって。めっちゃビックリしてたわ。キレーな水色の目をまんまるに見開いてたな。何それ幽霊?って聞いたら、赤司君の友人ですね、って面白そうに笑いながら名前呼ばれた。赤司くんと同じ学科の方ですよね違いましたか?って、首傾げながら言うんだよ。ああ自己紹介がまだでした。既にご存知かもしれませんが赤司くんの同居人の黒子テツヤです、なんて名乗ってぺこんと頭下げられてさ、あ〜こりゃだめだって思ったわ。その時だよ。黒子って地を這うような声が聞こえてきて、まあ赤司の声なんだけど、絶対零度って言うのかな、そんな感じの冷気が漂ってくるような気がして、ちょっと伸ばしかけてた右手ひっこめた。何の為に伸ばしたかって?聞くなよ。赤司に殺される。そこに満面の笑みを浮かべた赤司が立ってたんだけど本能でオレ死んだわって思った。笑顔なんだけど、笑顔じゃねーよアレ。般若って笑ってるじゃん。あんな感じ。魔王が立ってるって思ったわ。名前呼ばれてすぐ振り返った黒子さんに駆け寄られた赤司は、忘れ物ですって巾着押し付けられてた。弁当忘れたらしい。魔王様だった真っ黒いオーラがいつの間にか消えてわざわざ届けに来てくれたのか、ってきょとんとした顔してんの。あの赤司が。一瞬目を疑ったわ。で、ああ、赤司も人の子だったんだなあって何となく感慨みたいなのを感じてた。悪かったね。いえ今日の講義は午前様だったので買いだしついでです。ワカメは入ってないだろうね。ボクに悪いことしたっていう心当たりでも?いやないな、今日の夕飯は?美味しい昆布を頂いたので湯豆腐です。!!そう。連絡が来たら準備始めるのでちゃんとメール下さいね。わかった、昼ご飯は食べたの?いえまだです。じゃあ学食でも行ってみたらどうだ?先日バニラシェイクが新メニューに加わっていたが。!!!!!行きます!!!!居たたまれなかったわ。あそこは大学の廊下で大学の教授から学生、事務職員まで老若男女が使う場所であってだな。完全に二人の会話がなんか夫婦みたいなんだわ。恋人通り越して夫婦。赤司の浮かべてる表情に撃沈するヤツ続出。赤司様ファンクラブの会員っぽやつは泣きそうになってるし、赤司に質問という名の駄目だしされてる教師は目ん玉こぼれ落ちそうほど目を見開いてるし、なんか色んな意味で地獄絵図。ちょっと遠い目で二人のことぼんやり見てたら、黒子さんに名前呼ばれて、一緒にどうですか?って。その瞬間赤司が恐ろしい顔に逆戻りしたよな。丁重にお断りしたわ。まあ長くなったけど、あのあと何回か赤司に聞いてみたけどあいつら付き合ってないんだと。同性愛って別に肯定も否定も特にしない派だったんだけど、あの二人見てたらああお幸せにって思ったんだよ。赤司って家柄も良くてそれなりに人当たりも良いから人望もあって、スポーツ万能、オレがギリギリなんとか滑り込みで入った最高学府にはストレート首席合格だし、高校の時はインターハイ常連校の主将だろ?そんでもってその辺のモデルが尻尾巻いて逃げるレベルで顔も良くて…って言うことなしの男になんでこんなどこにでもいそうな影の薄い男?なんて最初は思ったんだけど、なんかあの場に居合わせたらきっと赤司って黒子さんじゃないとだめなんだなって思ったわ。多分あいつ構内で黒子さんと会えることに味をしめたんだろ。今まで忘れ物なんて見たことなかったのに良く忘れ物するようになったぞ。どう考えてもわざとだろ。何が言いたいかって言うと早くくっついてくれって言っといてくれというか二人をくっつけてくれ。あれからちょくちょく黒子さん大学構内に来てるんだが、来る度色んな意味で死者が出てるんだよ。赤司様と水色少年を見守る会なんて出来てるぞ。正直あいつら付き合ってないんだったら世の中の夫婦なんて全部仮初に見えてくるレベルだからな。とにかくお幸せに。

証言その二
あ〜テツと赤司?あいつらが付き合ってるかどうか?別にオレはバスケ出来れば何でもいいけどチワゲンカはよそでやってクダサイって感じだな。あれだろ、二号も食わないってやつ。違う?細けーことはどうでもいいわ。オレから見てどうか?だからチワゲンカはよそでやれって今言ったろ。そういうこった。まあウケんのは赤司が結構尻に敷かれてるところだよな。テツってあんまメシ食わねーじゃん。中学の頃とかショクイクとか言って結構無理矢理メシ食わされてたんだけどよ、今じゃ台所はテツのもんだぜ。あいつのメシあんまり美味くねーけど。いや、マズイわけじゃねーんだけどさ、うす味なんだよな。血圧気にしてるジジイじゃねーからたまには味のしっかりしたもの食べさせてやればいいのにって思うわ。まあ、赤司が和食好きだから塩分調節してるのかもしんねーけど。ショクイクされる立場はテツのはずなのにメシの主導権はテツとか笑っちまうわ。あいつら喧嘩した時のメシとかぜってー食べたくねーし。海藻三昧ならまだマシだぜ。どんぶり山盛りのゆで卵出てきた時はさすがにあせったわ。しかも付け合わせに紅生姜。嫌がらせにもほどがあるだろ。たまたま遊びに行った時にあいつら喧嘩しててさ、オレを巻き込むのはやめてくれって本気で思ったわ。用事思い出したって帰ろうとしたけど赤司が帰らせてくんなくてさ。ふざけんなよって思ってたらぼそっと言ったんだよ。喧嘩の原因はお前だ、道連れにしてやるって。悪魔だと思ったわ。いやあいつならサタンだな。喧嘩の原因とか知らねーし。勘弁しろって思ったけど、まあ、赤司に口で勝てるはずねーし。オレは塩とかフツーの調味料使いたかったのに赤司があの手この手で使わせてくれなかったから地獄だったわ。何でオレが喧嘩の原因になったかって言うと、急にオレが来ることになったせいで夕飯のメニューがテリヤキバーガーになって火神に作り方聞いてたせいらしいぞ。ちなみにその日の元々の献立は湯豆腐だったらしい。んなモン知ったこっちゃねーよ。それから遊びに行く時は必ず豆腐買って行くようになったわ。付き合ってようが付き合ってまいがあいつらが幸せならなんでもいーんじゃねーの?世の中結婚だけが全てじゃねーし、どんな関係だろうがあいつらはあいつらだろ?まあ、火神とかオレなんかに嫉妬するくらいならさっさとくっつけば良いと思うけどな。

証言その三
黒子っちと赤司っちッスか?二人が付き合ってないって言うんだからそうなんじゃないッスかね。二人ともしょうもない嘘つくような人間じゃないし…。でもこれで付き合ってないのかって思う時はたくさんあるッスよ。具体的に?そうッスね…。一緒にいるからだって言われればそうなんスけど、結構二人ともしぐさが似てるんスよね。例えばッスか?うーん…赤司っちって考え込む時とかよくペンとか持ったまま口元に手をやってるんスけど、黒子っちも最近よくやるような気がするッス。前に赤司っちの真似?って聞いたら、えっってすごいきょとんとした顔してて…あれは可愛かったっスね。無自覚でやってるんスよ、あれ。あと赤司っちは小首傾げることが多くなった気がするッスね。オレみたいにモデルでもやってそうなキレーな顔してるんでやりようによってはあざといだろうし、赤司様ファンクラブの皆さんにとってはご褒美なんだろうけど、帝光時代の般若面知ってる身としてはちょっと身震い…あああああこれオフレコでお願いします。前に色々あって黒子っちにあることないこと吹き込まれて軽蔑の眼差し向けられたことあるんで…正直あれはキツイッスわ…。まあ、正反対なようで結構似た者同士だしお似合いなんじゃないんスか?あ、喧嘩した時二人とも鬼電してくるのはやめてって伝えておいて下さいッス。着信100件とか笑えねーッスわ。

証言その四
赤司と黒子が付き合っているかどうか?そんな話はどうでもいい。あいつらは宇宙人なのかもしれん。何故?おかしいとは思わないのか。あいつらは時々単語のみで話をしているのだよ。単語というよりは名前だけと言った方が正しいか。赤司が黒子の名前を呼んだだけで、今日遅いんですねわかりましたと黒子は答えたぞ。べろべろに酔っぱらった黒子が電話をかけて赤司の名を呼んだだけで十分で店までやってきたこともあったな。赤司くんという言葉でどうやって風呂が沸いたことが分かるのだよ。黒子という音でどうやって耳かきしろという意味になるのだよ。オレには理解不能だし摩訶不思議でならん。大体男同士で何故耳かきをしてやっている。子どもじゃないんだから自分でやろうとは思わないのか。付き合っていようが耳かきをしてやろうが別に気持ち悪いとは思わない。二人が恋人同士だったとしても赤司は赤司で、黒子は黒子だ。そんなことで奴らとの付き合い方が変わるようなことはない。しかしあいつらはなんなのだよ。緑間、と呼ばれただけでどうやって黒子が熱を出したからあとの講義は頼んだなんて意味を読み取れると思うのだ。緑間くん、と呼んだだけでどうして、赤司くんが風邪を引きました、良い民間療法を教えて下さいなんて意味が伝わると思っているのか。ちゃんと話せと言えば、揃って、黒子ならすぐに分かってくれる、赤司くんならすぐにわかるのに、なんて言い出すから全く手に負えん。オレはエスパーでも宇宙人でもないのだよ…。二人の間には二人にしかわからない電波かテレパシーが流れているとオレは仮定している。何?そんなのありえない?じゃあこの現象にどう説明をつけるのか五百文字以上千文字以内で根拠を述べてみろ。出来ないだろう。正直あいつらが何者でどんな関係なのか、そんなことはオレが聞きたいのだよ…。

証言その五
赤ちんと黒ちん〜?え〜付き合ってたらどうなるの?大して今と変わんないんじゃない?無自覚にいちゃついてるとは思うけどね。赤ちん、黒ちんといるとぴりぴりしないみたいだし安定するみたいだし、黒ちんも赤ちんといると三食ちゃんと食べてるし、一緒にいてなんか悪いことでもあるの?いいこと尽くしなんだから別にずっと一緒にいたらいいんじゃない?まあ二人揃うとちょっと口うるさいかなって思うことはあるけど。二人ともお菓子ばっかりたべるなとかさあ、まるで親みたいなことばっかり言ってくるんだよね。でもなんか二人といると安心するかも。結構みんな大概のことは許してくれるっていうか放任してくれるんだけどさ、二人はだめなことはだめってはっきり言ってくれるしね。鬱陶しいなって思うこともあるけど、赤ちんと黒ちんのそういうとこ嫌いじゃないよ。何その意外って顔。黒ちんはバスケでは絶対に気が合わないけど、ご飯とかの好みは合うもん。一緒にご飯とか食べに行くと楽しいよ。黒ちんは一口で良いって言ってオレのご飯ちょっとずつ小皿に持って行くんだ〜。黒ちんの隣には絶対赤ちんが座ってるんだけどね。バランスよく食べろとか黒子はこれが好きだろうとかあーでもないこーでもない言っててさ、黒ちん結構めんどくさそうにしてるけど嫌じゃないんじゃない?なんて言うの?満更でもない?黒ちんヤなことあったらはっきり言うタイプだし。オレも二人に世話焼かれたり、小言言われたりするの、別にヤじゃないよ。いつもだと流石にうざいかなって思うけど〜。こう考えたらオレの両親みたいだね、二人。二人に言ったら黒ちんにこんなでっかい子供産んだ覚えなんてありませんって言われそうだけどね。

証言その六
赤司と黒子?やめてくれよその二人の名前セットで聞くと頭痛くなりそうだわ。あいつら時差あるのに電話かけまくってくるからまじでこえーんだけど。大体の内容がくだらないんだよ。黒子なんて大学入ってから初めてかけてきた電話が美味しい出汁の取り方教えて下さいって、なんだよそれ自分で調べろよ!赤司は赤司で終わったプレイの感想とか長文で送り付けてくるし…。まあ試合見てくれるのは嬉しいんだけどよ。付き合ってるかどうか?あいつらが付き合ってないって言うなら付き合ってないんじゃねーの?つーか何をしてたら付き合ってて何をしてなかったら付き合ってないことになるんだ?それってイシキのモンダイってやつ?カチカン?あいつらがルームシェアって言うんだったらルームシェアだし、付き合ってないって言うなら付き合ってないんだろ。付き合うようになったって言われても違和感ないけどな…。たまにあいつら二人が一緒にいるところ見て意外って言うやついるけど、オレからしたら二人ワンセットだし。頑固なところとか結構似てるし、赤司の暴走止められるの黒子だけだし、黒子を一発で見つけられるのだって赤司だけだろ。一緒にいる理由なんてそれだけで充分じゃねーの?

****

「なあ、テっちゃんとと赤司って付き合ってんの?」
「はあ、」

とある都内にある大学のキャンパス。中庭に比べて人気のない昇降口から出たところにある小さな池の前にある極めて簡易的なベンチがある。喧騒から離れ、風が木をそよがせるさらさらとした音と、池に飼われている色とりどりの金魚が跳ねる水音くらいしかしない静かな場所。そこが黒子テツヤのお気に入りだった。
いつもの昼下がり。人混みの中を縫うようにして学食を通り抜け、やってきたその場所。同居人には行儀が悪いと言われてしまうが文庫本を開きながら昼食を摂る癖がついてしまっている。彼がいないのをいいことに昨日買ったばかりの新刊を手に出来損ないの豆腐ハンバーグを口の中に放り込んだ時珍しい来客があった。殆ど誰も知らない、ある意味黒子の秘密基地と化していたその場所にやってきたのは高校時代、部活で顔を合わせることの多かった高尾だった。

「随分といろいろな人から話を聞いてきたんですね」
「まあ聞いてきたっていうかさ〜苦情混じり?」
「別に誰かに迷惑をかけたつもりはないんですが…」

各方面から黒子と赤司の話題は尽きないようだった。高尾にその話を延々聞かされて今に至る。赤司と黒子がルームシェアをしているのは事実だ。大学進学を機に、憧れていた一人暮らしをしたかったが、都内の大学に進学したのに親元から離れるのは経済的負担を強いすぎる。また、大学に入ったばかりでバイトもしていない黒子にとって引っ越し費用から何から何まで自分で用意するというのは不可能な話だった。卒業シーズンに集まってみんなで簡単なパーティーをしたあの日。これからどうするのかという話をしたついでに漏らしたそんな自分の願望に赤司から提案されたのがルームシェアだった。赤司は高校在学時代から株だのなんだので大分資金を稼いでいたらしく、敷金礼金などの頭金をひょいと払うことが可能にしている。ルームシェアとなれば、家賃や食費などの必要経費も折半で済むし、何より有事の時は一人ではないという安心感がある。しかし、黒子にメリットがあっても赤司にメリットがあるように思えなかった。大学生活が始まってすぐにバイトを始めればさまざまな頭金も徐々に返していくことができるだろう。願ってもみない申し出のように感じたが、彼に負担しかないように感じる提案においそれと頷くことができるほど黒子は無神経でも考えなしでもなかった。赤司の提案に口を開きかけて、黙り込んで、思案するそぶりを見せる黒子に、赤司はこう言った。誰かと共同生活を営むということはどういうことか体験してみたい、と。洛山は寮が完備されているが、赤司はそこでは暮らしていなかったし、部活の仲間と過ごす時間が多いとは言っても、共同生活とまではいかないだろう。どうして自分なのか、より親しい人間がいるのではないか、とも思った。緑間などとは将棋を差したり、中学でも主将副主将の関係だっただけに、気難しい彼らの中での親しい人間同士と言って差し支えないだろう。それに比べて黒子はどうか。ウインターカップで和解したものの、特別仲が良いとも言えなかった。時々、桜が咲いただとか、紅葉が落ちてしまっただとか、底冷えする京都は寒いとか、東京では久しぶりに雪が積もっただとか。そんな他愛もない話をメールする程度の仲だった。赤司のことを仲がいいと言うのであれば、黄瀬の自称親友発言を認めなければならないだろう。黒子と仲が良いと言うのであれば青峰がきっと一番に名前が上がるはずで。黒子が思いつくことなどお見通しだとでも言うように、赤司は尚続ける。

「黒子とだから一緒に暮らしてみたい」

黒子に取っての自分の恩人、或いは神様のようだった人。バスケを続けるきっかけを作ってくれた人。そしてバスケを一時期バスケを嫌いになるきっかけを作った人。それでも彼は、赤司のことが嫌いではなかった。寧ろ、赤司のことを嫌いになりきれず、赤司の与えてくれたバスケの楽しさを証明したかったからこそ、あの時あの場所で死に物狂いになって頂点を目指したという見方もできただろう。趣味の合う緑間ではなく、バスケの上手い青峰でもなく、社交性のある黄瀬でもなく、慕われていたと言えるだろう紫原でもなく。赤司は他の誰でもなく、黒子を選んでくれた。そんな人にそこまで言われて断る理由もなかった。

「不束者ですが、宜しくお願いします」

まるで結婚したみたいだ、と照れくさそうに笑った赤司の顔は、黒子にとって見慣れないものだったが、今となっては日常に組み込まれた表情だった。

「じゃあテッちゃんは赤司のことなんてどうでもいいんだ?」
「どうでも良くはないですよ、今日も教授を攻撃していないか心配しています」
「心配するところそこ?!」

高尾はテンション高く黒子に話しかける。黒子の返答は面白かったようだがお気には召さなかったらしい。しかし、本当に付き合っていない以上黒子は他に答えようがなかった。はい、付き合ってます、なんて嘘は口が裂けても言えない。赤司が現在誰か女性と付き合っているという話も聞いたことはないし、黒子も現在(というより今まで)彼女がいたことはない。大学で、ゼミで、バイト先で。人と関わる機会はたくさんあるのだから出会いなんていくらでもあるだろう。しかし、出会いがどんなにあろうと、二人とも恋人を作って時間を割くような余裕が無かった。赤司は大学だけでなく起業を目指し精力的に活動しているから、付き合いの飲み会に出ることはあっても所謂合コンに行ったことはないようだし、黒子も特に親しくない人相手に酒を飲むよりは部屋に籠って本を読んでいたいタイプだった。文学部へ進学した黒子は、二年生になってぼんやりと卒論のことが頭にあったし、文献等の資料集めや分析には時間を取られる。外野に何を言われようと、赤司と黒子は付き合っていない。そもそも二人は同性愛者ではなかった。

「だってさ、赤司の弁当テッちゃんが毎日作ってるんだろ?」
「何をどうしても頭金を半額払わせてくれないんです」
「交換条件なわけ?」
「そこまでビジネスライクなわけではないですが…お弁当と言えばお重なんてなんだか…まあそれはそれで赤司くんらしいといえばらしいのでいいんですけど、タコさんウインナーとか経験させてあげたいじゃないですか」

敷金などの頭金を折半する代わりに、出来る範囲で構わないし、簡単で良いから手作り弁当というものが食べてみたいと言われたことは既に随分前のことで記憶の彼方であるがはっきりと思い出せる。その時黒子が思ったのはそういうのは彼女にお願いするべきなのでは、という至極普通な考えなわけだが声に出すことはなく口を噤んだ。彼に、所謂母性に値するような愛情が不足しているのは十分知っている。黒子を共同生活の相手に選んでくれたのだから、普通の家庭のような生活を営んでもいいのではないかと、ふと思ってしまったのだ。

「隣町の図書館に行く時、大体赤司が一緒らしいじゃん?」
「ボクの運転は荒いらしいですからね」
「運転手かよ」
「なんでもボクが選んだ本には外れがないそうで」

貴重な文献を集める為に郊外の図書館へ足を伸ばす時は、赤司も連れだつことが圧倒的に多い。しかし、そこに深い意味はない。赤司の運転の方が黒子よりスマートだし、道を覚えることに関しても彼の方が強い。電車でのんびり出かけることもあるし、借りるものが多ければ赤司が車を出してくれることもある。彼は仕事や専攻分野の関係で洋書を読むことが多いが、頭が凝り固まらないように色々なジャンルの本を読むことを心がけている。それでも息抜きに、その日の気分に合わせてインプットの為の本ではなく、ただ娯楽の為に小説を読みたいことがある。そういった時は、黒子にお勧めの本を聞くのだ。不思議と黒子の選ぶ本はその日の気分に適していることが多く読後感も悪くないとのお墨付きで、黒子は赤司専任のお抱え司書のようになっている。

「寝坊したら大学まで送ってもらうんだろ?」
「普段はボクが起こしてるんだからそこはイーブンじゃないですか?赤司くん低血圧なんで」
「二人でスーパーに買い出しに行くって聞いたけど」
「あの人何でも通販で揃えようとするんですよ。常識がないわけじゃないんですけど、もう少し庶民の感覚も分かっていた方が今後の為になるんじゃないんですか?」
「テッちゃんの髪の毛乾かすのは赤司の役目だとか」
「別に頼んでないのに勝手にやってくれます。お陰さまで寝ぐせに悩まされることも少なくなりました」
「……」
「何か問題でも」
「いや、まあいいんだけどさ」

高尾の口元は引きつり気味だ。手に負えない。そんな顔をしている。黒子はその表情を見て少しむすりとしてみせた。しかしその表情筋の動きは目の前の高尾や、この場にはいない赤司くらいにしか分からない些細な変化にすぎない。何か悪いことをしているだろうか。黒子と赤司の関係は普通ではないのか。心地よさを見出しているその場所を、他者にやんややんやと言われるのはやぶさかではない。異性の間で友情は成り立つか、なんて決まり文句のような質問が世間ではよく雑誌などを賑わしているが、黒子と赤司は男同士だ。同性の間に恋愛感情が成り立つのは難しくとも、友情を築くのにそこまで労力は要らないだろう。
眉間に皺を寄せて朝淹れたばかりの紅茶に口をつける。紅茶を淹れる技術は赤司の方が圧倒的に上なので頼むことが多い。しかし今日は珍しく黒子が自ずから淹れた為か渋みが目立ってあまり美味しくない。茶葉の独特の苦さに顔を顰めていると、黒子が不機嫌になったと思ったのか、高尾が弁解するように口を開く。

「まあ、二人が付き合ってないなら問題はないんだろうけどさ」
「…付き合ってたらとしたらどういう問題があるんですか?」
「このあいだ赤司、ミスキャンパスに告白されたろ?」
「え?」
「え?聞いてねーの?」
「…聞いてない、です」
「あ、そっか、なんかごめん」
「別に謝られるようなことでは、」

ないですよ、と続くはずの言葉を遮るように昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。午後からは必修の授業がある為、此処でお喋りに興じていることは出来ない。食べかけの弁当箱を閉めて、ランチバックに文庫本をしまい込む。次、必修なんで、とその場を後にした時、高尾が何か言っていたが頭がぼんやりとしていて聞き取れなかった。そそくさと逃げるように立ち去った理由は、考えないことにした。


*****



「…子」

いつも味が薄いと言われてばかりなので味噌の量を調節してみたがどうだろうか。そんなことを考えながら黒子はぐるぐるとお玉をかき混ぜていた。

「…ろこ」

普段よりステンレスの鍋底をひっかく音が強い気がするが、そんなことは思案の外だ。付け合わせはほうれん草と鰹節のおひたしに、旬の魚の照り焼き。ご飯があと少しで炊けるはずだ。今日は早炊きにしたからいつもより米がピカピカになっているだろう。赤司は早炊きで炊きあがった米の方が好きだった。

「黒子!」
「っはい?!」

大きな衝撃と共に肩が揺れ、身体を不意に引き寄せられて呼ばれていた名前に気づく。

「何してるんだ」
「あ、おかえりなさい、」
「そうじゃなくて」
「すみませんまだご飯できてないです」
「だから、そうじゃない」

眉を吊り上げて、怒りの感情を露わにする赤司は少し珍しい。不貞腐れたような顔をすることはあっても、基本的に赤司は黒子に甘い。些細なことで喧嘩をすることはあるが、基本的に猫のじゃれ合いのようなものだ。乱暴な手つきで混ぜていたお玉を取り上げられる。あ、と思って赤司の手の動く先を目で追えば、鍋の中の液体がすっかりなくなったせいで豆腐やらネギやらがぐちゃぐちゃになっている残骸に漸く気づいた。

「何かあったのか」
「いえ、何も…」
「何もないのに味噌汁がすべて蒸発するまで鍋をかき混ぜるほど上の空になるのか?」

事故でも起こしたらどうする、と赤司は視線を鋭くした。鋭利なそれは黒子を傷つけるための刃ではない。赤司はどこか黒子に対して過保護なところがあった。それは中学時代黒子の才能を見つけだし育て上げたという保護者的な感情からくるものなのか、それとも赤司の目から見て単純に黒子が危なっかしいからなのかはわからない。取り上げたお玉を流しに置き、鍋を火からおろす。鍋越しに火に当たり続けていた黒子の手は、いつもの低体温とは打って変わって熱を持っていた。ミトンなんて付けいてない黒子の腕を取り、流しへ引っ張ると勢いよく水を出す。いきなり肌を刺激する冷たさに、黒子は少し身震いをした。

「冷やすほどじゃ…」
「肌が弱いくせに何言ってるんだ」
「…君って過保護ですよね」
「お前に対してだけだよ」
「そう、ですか」
「何か問題でも?」

そうだ。高尾は問題ないと言っていたことを黒子は思い出す。赤司と黒子は付き合っていないから問題ないと。きれいな、素敵な女性に告白されてもなんら問題はないと、そういう意味で言ったのだろう。本当に問題はないのだろうか。赤司が誰よりも気にかけている相手が黒子で、何も問題はないのだろうか。
赤司から直接聞いたわけではないが、美しく聡明な女性に告白されたのなら、赤司だってそれを受ける可能性がないわけじゃない。彼の好みは品のある女性だと言っていた。それに適う女性なら断る理由などない。十人十色だとは知っていても、女性は誰よりも恋人に優先されたがるものではないのだろうか。赤司は、恋人ができたからと友人との付き合い方を変えるようなタイプではないだろう。ルームシェアをしていて、四六時中一緒にいる。お弁当まで作って、寝食を共にし、休日は一緒に図書館に出かける。いくら異性ではないとはいえ、恋人の時間を独り占めする人間が他にいるというのは快いことではないような気がした。きっと問題は山積みだ。高尾から聞いた話を受けて、自分たちのあり方が本当に正しいのか、何が正しくて、何が不正解なのか、黒子にはだんだんわからなくなっていた。そもそも、正解なんてないのだろう。しかし、赤司に自分との付き合い方を間違いだと思われると考えただけで背筋に冷たいものが走るのを黒子は感じていた。

「君が意外とやさしいのは知っています」
「意外なんだ?」
「面倒見が良いことも、多分誰よりボクがよくわかっているでしょう」
「…お前はとてもじゃないけど危なっかしいからね」
「そのやさしさは、ボク以外の誰かに向けられるべきなんじゃないですか?」

黒子の細い手首を握ったままの赤司の手に、力が入る。現役を引退して久しい黒子の手首は、元々そこまでしっかりした造りをしていなかったがより頼りなくなっていて、今でもトレーニングを怠っていない赤司の握力は身に余る。いっ、と小さく悲鳴を上げて下げていた目線を赤司に遣ると、見たことのない顔をしていた。

「それはどういう意味だ」
「どういうって、」
「お前を、オレ以外の誰かが見失わずに見つけられるとでも?」
「は?」
「どこの馬の骨ともわからない女にお前をやることはできないな」
「ちょっと意味が、」
「彼女でもできたか、気になる女性でもできたか、そんなところだろう」
「いや、君、何を言って」
「オレはこの生活をやめる気はないぞ。まずその女を連れてこい。オレが直々に」
「話を聞け!!!!!」

黒子の話を聞こうともせずに、赤司は勝手に話を進めるどころか妄想を繰り広げていた。見たことのない険しい顔で、手首を強く握り、冷水を浴びせ続ける。熱を持っていた皮膚は今となっては平熱を通り越して氷のように冷たくなってしまっていた。刺すような冷たさと、ごりごりと親指の付け根の骨を押される強い力を振り切って、空いている片手で久しく使っていなかったイグナイトを鳩尾を少し外した腹部に叩き込んだ。



「手が先に出るのは良くないと思うぞ」
「赤司君は時々人の話を聞かずに突っ走るのは良くないと思います」
「……」
「…大体彼女ができるのは君でしょう」
「は?」
「そうしたら、ボクが要らなくなるのは君の方だ」
「何を言っている」
「ミスキャンパスの方に告白されたとか」
「それが今、何の関係がある」
「高尾君に言われたんです。ボクたちが付き合っていないなら、君が告白されたことに問題はないって」
「おい、」
「果たしてそうでしょうか?彼女が出来たら一人暮らしの方が好都合だ。同居する相手だって彼女の方がいいんじゃないですか」
「黒子、」
「君のお弁当を作ることや、一緒に図書館に行くこと、君を家で待っていて出迎えること、世間から見たら少し特異に映るようです」
「くろ、」
「ボクたちって、一体何なんでしょうか」



僕たちは一体なんだろう。黒子は自分たちの関係性に最も適した名前を見つけることができなかった。ただの元チームメイトというには時間が経ちすぎているし、旧友と呼ぶにはあまりに距離が近い。まるで家族のようだとも思うけど戸籍関係もなければ血縁関係もないし、腐れ縁と呼ぶには意味を取り違えている気がする。既に生活の一部に取り込まれてしまった家族のようなのにそうではなくて、友人という言葉はしっくりこないその人を、黒子は持て余してしまう。邪魔になったと言われて、今更離れられるだろうか。黒子は、その答えを導き出すことをどこか後回しにしていたような気がする。

僕と君は一体何という名前で括られるのだろう。あの時君が僕を選んでくれた時に感じた嬉しさはなんだったのだろう。

随分と時間が経ってから、黒子は改めて赤司との関係性について考えていた。


「友人ではいけないのか」
「ボクたちは、世間一般の男同士の友人には類しないようですね」
「…名前は絶対に必要なのか?」
「絶対ではありませんが、君に彼女ができるなら、」
「じゃあ恋人でいいだろう」


黒子が「彼女」という言葉を出すと赤司は紅玉の瞳を鋭くさせ、畳みかけるように口を開く。この人は今、何と言ったのだろう。思考の追い付かない彼は目を白黒させて必死に赤司の言葉を分析する。
恋人とは。どういう意味だったか。


「恋人って」
「何か文句でもあるのか」
「君こそ、ボクなんかで」
「別にいいだろう。一緒に買い出しも行くのも、遠出する時は送っていくのも、お前の食事を食べにこの部屋に帰ってくるのも、オレたちが恋人だと思えば全部しっくりくるだろう」
「そんな簡単に、」
「なんだ、じゃあオレはお前の言う大してよく知りもしない女と付き合って弁当もそいつに作ってもらえば良いというんだな?」
「いやです」


間髪入れず返事をしたことに、黒子は自分でも驚いていた。赤司の弁当を毎朝作ること。もう既に、この一緒に暮らした二年間で染みついてしまっている日常の一つ。火神のように上手な料理を作れなくても、自分なりに赤司の健康を気遣い彼の好みの味を知って、工夫して作ってきたつもりだった。その仕事を、今更どこのだれかも知らない人に渡したくない、とはっきり思った。

「周りがお前との続柄をそんなに気にするなら、オレはいくらでも名前も言葉もあげるよ」

大丈夫だよ、と言わんばかりの優しげな笑顔をしている目の前の人。そうだ。あの時「赤司が告白された」と聞いてこみ上げたわけのわからないもやもや。その感情に意味を見出せば簡単な話だった。


「好きだよテツヤ」


不束者だけどよろしく、なんて赤司が言うので、黒子はいつの誰かと同じように「まるで結婚するみたいですね」と水縹色の水晶を細めて笑ってその手を取った。



*****



「テツヤ豆腐が安いぞ」
「はいはい」
「ワカメは高いから要らないと思うぞ」
「はいはい」
「テツヤ豆腐が安いから湯豆腐にしよう」
「はいはい」
「テツヤすき焼き」
「テツヤ冷ややっこ」
「テツヤ麻婆豆腐」
「今日はワカメのみそ汁にしましょう」
「なんでだ!この間豆腐が高い時、今日は買いませんって一点張りだったのに」
「そんなことより喜んでください、今日味噌汁に豆腐も入れてあげますから」
「もちろんワカメ抜」
「ワカメと豆腐のお味噌汁美味しいじゃないですか。たっぷり入れましょう?」
「や、やめろ!!」
「赤司君の為に乾燥じゃなくて生ワカメにしたのに…」
「…」
「赤司君?」
「…名前、」
「へ?」
「呼び方戻ってるぞ」
「……」
「ほら、」
「……征十郎君」
「…よろしい。あとオレはそんな気遣いは求めていない。即刻献立の変更を求める」
「昆布巻き」
「却下」
「ひじきの煮つけ」
「やめろ」
「お好み焼きにしましょう。紅生姜たっぷり」
「バニラシェイクLサイズ」
「今日は京都お取り寄せ湯豆腐日高昆布出汁です」

ふらりとやってきた近所のスーパー。見覚えのある燃えるような赤い頭が、タイムセールの刺身コーナーの人ごみのあたりでひょっこりと見えたので声をかけようと近づいてやめる。たまたま知り合いだった高尾に、赤司と黒子さんと知り合いだというから奴らの話をしたら、なんだか黒子さんが思いつめたような表情で帰って行ったと焦っていたので心配していたが、そんな気遣いは無用の長物だったようだ。熟年夫婦のような会話をしている癖に二人の間を流れる空気は新婚夫婦さながらで、赤司の右手と黒子さんの左手はしっかりと指を絡めあって繋がれている。買い物籠は渡さんとばかりに赤司の左手に収まり、黒子さんは右手に白いメモを持っているから大方買い物リストだろう。いつの間にか呼び方が変わっていて、迷惑なリア充のような直接的な会話をしているわけでもないのに周囲の人々は二人の醸し出す雰囲気に当てられて頬を染めている人が多い。無自覚いちゃいちゃ恐るべしと思いながら、一人暮らしで飯を作って待っていてくれる恋人の一つもいない俺はせめてもの悪あがきとしてサラダ、副菜、主菜がしっかり摂れそうな惣菜を手にする。ああ、彼女欲しいな。そう思いながら二人の会話を邪魔するのはやめにすることに決める。二人の間に何があったかは知らないが、きっとあの二人なら大丈夫だろう。末永くお幸せに、と小さく独り言をこぼして足早にレジに向かった。やっぱりリア充は爆発しろ。