短編 | ナノ

ボクの瞳は少しだけ自慢だ。君のように未来を見通すことなんてできないけれどたった一つだけ。君のことならなんでもお見通し。

意地っ張りな君は、何も言わずに自分ひとりで消化してしまおうとすることが多いから。誰も気付かない孤独の隅に触れて君がさびしい時は抱きしめたい。
決して涙を流そうとしない、強がりで自尊心の高い君がかなしみを覚える時は、実はあどけない柔らかさを持ったさらさらとした頭部を胸に引き寄せて撫でることができる。
猫のように気まぐれで、気位のとても高い彼だけど、大抵されるがままだから、嫌ではないのだろう。
切れ長の宝石を埋め込んだ眼窩をゆったりと閉じて、すり寄る丸いつむじに覚える愛しさはひとしおで、同じシャンプーが香るそこに時折口唇を寄せた。

肩についた小さなほこりも、数センチ切り揃えた前髪も、視力が落ちて度が合わなくなった眼鏡に顰めた瞳も、全部全部、すぐに見つけてあげる。
だからボクはこの瞳を少し誇りに思っているのだ。

恋の賞味期限は三年だと巷では専らの噂だが、ボクはずっと君に恋し続けている。多分出逢った時からずっとずっと。君と過ごす毎日の全てが初恋だった。

君の心を透かしてみることのできるこの瞳はとても便利な一方で、時稀不便さも感じることもあった。
時には心の奥底さえ、いとも簡単に透けて見えてしまうものだから。君の心の最奥である深海の、遠い遠い暗い部分に直に触れる時は鼻の奥がつんと痛くなったりもしたし、濡れた頬に熱いような冷たいような温度が伝うこともしばしば。
痛む胸を押さえることはしないけれど、目がしらの奥でじわりと溢れた熱は、君がボクに与える感情の一つで。君を想う時のその痛みすら、エゴに過ぎなくても愛おしい欠片には違いない。

この世には恋は盲目という言葉がある。お互いに悪いところを十個以上思いつくくらいには、一緒に過ごしていて腹が立つこともあったし両手じゃ数えきれないほど喧嘩もした。
長所短所全部ひっくるめて「赤司征十郎」なのだから、と。
例えば、赤くなるのが可愛いとボクをからかう時の意地悪な笑みや、子供みたいに献立に対して好き嫌いのわがままを言うこと。未だに火神くんに対して敵対心を燻らせているところとか。
彼を構成する要素一つ残らず愛しく思う気持ちに嘘偽りはない。しかし彼を余すところなく丸ごとを受け入れているからといって心酔し、偶像に縋るように崇めているわけでもなかった。
彼を神様のように思っていた崇拝の一時は既に終わっている。それが、彼を一番苦しめる行為で最も理解から遠い感情であることを高校で道を別ってから漸く知った。
もっと早く気づくことができたら何か変わったかもしれないし、傷つく人は減ったのかもしれない。でも、どんな「もしも」を想像することも、未来の糧にならないことをボクはよく知っている。そして、どんな時も、記憶も、言葉も。彼とボクを構成する一繋ぎの道標だからどれも間違いだと否定することなんてできやしなかった。


若葉の青い頃は、きらきらと乱反射しながら心の奥底で宝石として眠っている。彼と過ごす毎日の中でそのきらびやかな石はどんどん数え切れなくなり輝きを増していった。
当時、あまりに鋭く、凸凹としていて触れられなかった鋭利なたった一つは、いつの間にか研磨され丸みを帯びて七色の輝きを放っている。カーブの柔らかさにそっと手を伸ばせば、ほんのりとあたたかい気がした。
もう戻ることのない青い風の温度を思い出す。
いつかの麗らかな午後に開け放した窓から入る風に揺れる紺碧のカーテンは今もあの窓枠に鎮座しているのか、ボクは知らない。
でも、気に入っていた夜空の紺碧のようなあのカーテンが捨てられていないことを実は小さく祈っている。


あの時ぼくたちは若かったんですね、と言えるくらいには、ぼくたちは大人になった。
悪いところも良いところも腹の立つところも全部、彼を構成する要素で、なに一つ欠けていてはいけないし、完全でありたいと願ったどこか欠けている彼こそぼくが愛した人だ。
そんな風に思っている時点で多分世の中の熱に浮かされた恋人たちと、ボクはなに一つ変わるところなどない。
激しい熱も、波乱も。全て過ぎ去った後だけど、僕たちは多分盲目にお互いしかいないと思っているところがある。
形振り構わずお互いしか見えない。
君がいれば生きて行けると。
手を取ればどこまででも歩いていけるのだと信じていた。
昔はそれでよかった。
きっとこれからだってそんな風に生きていけるんだろう。
もしボクの小指から赤い糸が何処かへ伸びているのであれば、迷うことなくそれは君だと言い切ることができる。


でも、お互いを知り尽くしてしまったからこそ、それではいけないことに、気付いてしまった。


物事と言うのは放っておけば悪い方向に転がっていく。
宇宙の片隅で何かが冷めていく。世界が冷え切っていく。
この感情から目覚めてしまうのが怖い。熱から醒めて行くのが、こわい。
世界が冷たく凍え始めたら、回り始めた歯車を止める術をボクは持っていなかった。


だから、いつか君の燃える赤を、交差点の雑踏で見つけられなくなる日がやってくることをあんなにも恐れていたのだ。


****

喧嘩した時に、お互い本音をぶつけあうことが減った。それに気付いたのはいつのことだったか。
赤司君はため息をつきながら「もう良いやめにしよう」ということが多い。
何も心の内全てをぶつけ合うことだけに美徳を感じているわけではない。正しいこと、自分の意見を言えばいいというものではないことだって重々わかっている。
でも、ボクには君の苛立ちが全部見えてしまうから。どうして君が焦って苛々しているのか透けて見えるから。
そんな出来事が度々続けば、ボクを言いようのない虚無感が襲うのだ。

小さな黒点がどんどん規模を広げてぽっかりと口を開けている。ブラックホールのような真っ暗闇が心に巣食っているのを感じる度に、ボクは君に嫌われたくないと怯えるようになってしまった。

他人のことを赦すことができても、案外自分のことは赦し方がわからないなんていうことはよくあることではないだろうか。
君は己のした過去の行いを。ボクは仲間を信じ切れず自分の気持ちを正面から伝えられなかったことを。そのせいで唯一無二の友人を傷つける結果になったことを。
ボクも君も頑固だから、自分のことを赦して、思う罪から解放することを上手にできない。
僕たちは、そんな不器用さをお互いで埋めるように、雁字搦めな自分をお互いで赦しあった。僕たちの関係は、多分そう言う形でも存在していた。
世の中の人々は恋に安心してはいけないと言う。
しかし、僕たちの関係はお互いが安らげる場所であったと思う。

些細なことで喧嘩もした。彼は几帳面でボクの方はと言えば彼曰く「意外と大雑把」らしいから、とことん合わない時は合わない。それは料理についてなんかが顕著で、出汁の取り方から種類、お味噌汁の大根の切り方まで、本当に馬鹿みたいに論議した。
熱に浮かされたように睦言を交わした日々もあった。動物園に行こうと約束していた日に朝から晩までベッドから一度も出られなかった日には、分担している家事を丸一日全て引き受けてもらった。出てきたイングリッシュブレックファストの量に文句を言いつつ、舌鼓を打ちながら平らげた自分も大概だとは思う。
今まで自炊なんてしたことがなかったから、料理なんて最初は失敗だらけで、炊いたお米に芯が通ったままなんてことは勿論、魚を焦がして火災報知器を鳴らしたこともあるし、味噌の分量を間違えた塩辛すぎるお味噌汁も作った。塩と砂糖を間違えるベタどころか小麦粉と片栗粉を間違えることもあったとはとてもじゃないが火神君には今でも言うことができないでいる。見た目が悪くとも味が良いなんていうのはフィクションの世界だけで、最初の半年くらいは所謂飯マズ状態。どこかの誰かさんたちを笑うことなど出来有様だった。でも、そんな決して美味しく無い料理達を赤司君は一度も残すことはなかった。味覚でも狂ったかのようにたくさん食べる彼に驚いて、まずくないんですか?と聞いてしまったことがある。誰かと一緒に取る食事がこんなに美味しいものだとは思わなかったよ、と。特にテツヤとだからかな、と。ぽつりと零れ落ちた言葉に、ボクは彼にあげられるものにはゆるやかに過ごせる日常もあるのだと知る。
天気のいい日にはシーツを干して。取り込んだお陽様の匂いに赤司君は珍しくはしゃいだ。ダニの死骸の匂いというやつだな、とロマンもへったくれもないことを言う可愛くない口を摘まんでやれば、額に頬に唇が落ちた。愛しさに抱き付いて二人で寝転んだシーツの感触を忘れることはないだろう。
星の見える日には二人で選んだ優しげな藍色のカーテンにくるまって、戯れにキスをした。何度も褥を共にした良い大人だったのに月に隠れた口づけに恥ずかしさを覚えたのは若さか、それとも少し大人になった証拠か。
他人が傍にいると眠りの浅い君がボクを抱き枕のようにすると、無垢な赤ん坊のように寧静な表情で眠ること。
お酒を飲んだ時みんなといる時は顔色一つ変えない癖に、家に帰ってくるとネクタイ一つ自分で取ろうとしない甘えたを見せること。
朝食に出した味噌汁に入っているわかめを絶対によそおうとしなかったり、隙を見てはボクのお椀に入れようとしてくる子供っぽいところ。

世間一般の人並みの愛情を両親の庇護下で与えられなかった彼の、世界で一番安心する、羽を伸ばして安らぎを感じることのできる場所でありたかったのは、少なくともボクの本当の気持ちだ。

互いに嫌われたくないと怯えるようになったのはいつだったろう。
ふとした拍子に、臆病なボクを嫌わないで欲しいと願ってしまったのはどの瞬間だろう。


今日も終わってしまう。
やっぱり今日も、君からの連絡はなかった。君との生活から抜け出してからどの位経ったのか。あれから連絡先を変えずにいるけれど、彼からの連絡は一度もない。
何度も顔は合わせている。
それぞれ別の道を歩むキセキとは未だに連絡を取り続けているし、全員集まることは年に片手で数える程だけど、三人で、或いは四人で。連絡が来たら時間を作って食事をしたりバスケをしたり。
学生時代のように四六時中一緒にいるわけではないけれど、その遠くもなく近すぎることもない距離を僕たちが崩すことがないのは、心地よさを感じているからだろう。
幼馴染と呼ぶには出会いが遅かったし、腐れ縁と呼ぶような離れたくても離れられない悪縁でもない。
何と形容していいかわからない僕たちの関係だけど、再び笑いあえるようになったこの繋がりを、皆が大切にしていることには違いなかった。
いつの間にか同棲を解消していたことを知った面々は驚いて、あの青峰君ですら気を遣うそぶりを見せたけれど、ボクはその必要はないですと断った。


燃えるような恋だった。穏やかな凪いだ海のような恋でもあった。
温度の差はあれど、そこに宿る感情の強さに差異は一切ない。
暮らしを別ったからといって彼のことを嫌いになったわけではなかった。
寧ろ離れてからの方が彼のことを考える時間が多くなったような気もする。
ちゃんとご飯は食べているかとか、変な敵を作っていないかとか。またお豆腐ばかり食べているんじゃないかとか、何でも通販に頼りきりになっていないかとか。
青空を見ても、スーパーにいても、通学途中の学生を見ても、雨上がりの水たまりを見ても。

日用品コーナーで歯ブラシを見てはそういえば固めがすきだったなあと思うし、洗剤を見ればボクの手先が荒れるからとやたらめったら高いオーガニックがどうのこうのというマジックソープやらを買おうとした赤司君と大いに揉めたことを思い出す。

何をしたって、何を見たって、どうしたって。ぽつりぽつりと浮かび上がる君への感情を恋と呼ばずに何と呼ぼう。


二人で暮らしたあの部屋に隠したボクの本を、きっと君は見つけていない。
その中の、あるページに挟み込んだ白い封筒。小説に出てくる思春期の少女みたいに、わざわざ赤いハートのシールを買ってきて封をした。
中に入れたものがものだから、本も封筒も不自然な厚みが出てしまっていた。
君が初めて組み立てた本棚の一番奥。奥行きが少ない専門書の後ろに隠したけれど、未だリアクションがないのはそういうことだろう。

「いつまで待たせるつもりですかね」

待っているのは勝手だと。勝手に待っているのだと。それは我儘でしかないとも。
ちゃんとわかっている。それでも待ち続けるのは人の欲だ。

「早く気づいて下さい」

返事をする人もいないけれど。それは少しさびしいことだったが、それでもボクは待つと決めたのだからそれを違えたりはしない。

彼と約束はしなかった。でも心の中で自分に対する約束はしていた。ただの気休めと知っていてもすることをやめられなかった約束。

多分君はボクの手紙を見つけてはいない。

ボクがあの時「さよなら」と言わなかったことを、君は識っているだろうか。

****

空が暗くなっていく様子をじっと見つめる。
深く遠く、抜けるような紺碧を見てはいつもあの部屋のカーテンを思い出していた。いつかブラックライトで光る特殊絵の具で星座を描いてみようなんて言っていたけれど、結局それは果たされることはなかった。

夜を朝が切り裂いて、色合いが科学変化のようにうっすらと様変わりしてゆく様子を見た時。赤司君はこの世の終わりみたいだと言っていた。
空が生まれ変わる瞬間ですよ、と。
噛み合わない会話に赤司君は目を見開いたあと、眦をゆっくりと緩ませて並んで座るボクの肩に形のいい頭部をこてりと預けた。
朝も夜も毎日生まれ変わるんだな、と言った彼と少し肌寒い季節にブランケットに包まりながら朝焼けに消えてゆく月や星を見守った。

ひとりきりで見る夜明けの空に慣れることは、多分ないのだろう。
夜空を見上げるたび、彼が教えてくれた星の名前を辿る。

置き去りにした本も、ボクにとっては恋文だった。
初めて彼に書く手紙は、綺麗な字で書こうという意識が邪魔してどこか右肩上がりの歪な線を描いて。
お気に入りの、とっておきの小説。学生の頃に古書店で買った古いその本。紙も随分日焼けしていて、鉛筆を滑らせると独特のざらつきがあった。
ページをめくれば、この本についての感想を話し合ったこともあったなあと脳がその時の映像を詳細に映し出す。
ボクが好きなシーンを。赤司君が理解できないと言った光景を。ボクが一番印象に残った言葉を。赤司君が興味深いと言ったフレーズを。
思い出しながら必死に震える手を叱咤してつけた丸印。
流石に恥ずかしかったかな、なんてふと笑みがこぼれる。
二人で暮らしたあの部屋からこっそり持ってきた、古ぼけたブランケットを肩に掛け直すと窓を見遣った。
首元には飽きもせず、殆ど強奪のような状態で貰い受けた軽くてあたたかくて柔らかいカシミヤ。彼の持ち物だったそれは当たり前のように質が良くて、きっと高級なもの。嫌がるボクに無理矢理彼が巻きつけてからほぼボクの持ち物と化したそれを、名実ともに正式な形でボクのものにしたのはあの部屋を出てゆく前の日の夜のことだ。

顔を埋めれば彼の匂いが仄かにするのがすきだった。同じシャンプーと石鹸を使っていたのに、彼からする匂いはボクとは違っていて。ボクは彼からする白檀のような匂いを実は気に入っていた。
意外と大雑把という評価を覆すように、ゆっくり確かめるようにそれに触れて口元まで引き上げる。あの日から時間が経ちすぎて、彼の香りはとっくに消え失せてしまっている。

太陽が顔をのぞかせはじめる瞬間はいつも言葉にならない。薄く白みはじめる朝と夜の境界線。月も星も、別れを告げて静かに遠い空の向こうへ雲隠れする。
淡い黄色ともオレンジとも言い難い薄明かりのような色合いと、紫のようなペールトーンがゆるやかに混じり合う時だった。

「テツヤ」

錠前の回る鈍い音のあとに響いたのは、ボクの名前で。低すぎず高すぎず。テノールよりは少し低いような緩やかな声がボクの名前を紡いでいる。
暖房も付けずにいる、冷えたフローリングの部屋。玄関は当然一番寒くて、乱れた白い息を吐き出しながら赤司君が立っていた。

「…テツヤ」
「馬鹿ですか?マフラーもしないで」
「テツヤ」
「見てるこっちが寒いです。手袋くらいしてください」
「すきだ」
「そうですか。ボクもすきです」

玄関にそろりと伸ばしたつまさきに靴下はないから、自分も人のことを言えないのかもしれない。
その場に突っ立ったまま部屋に一歩も踏み入れようとしない彼にそっと近づいて、冷えすぎて真っ赤になった頬に指先を滑らせた。
決して高い方ではないボクの体温だけど、今だけは赤司君よりも数倍あたたかい自信がある。
触れる手に、重ねられた自分よりほんの少し大きな片手もやはり冷たくて。
彼が着ているコートですら外の凍えるようなひんやりとした空気をまとっている。
そんなことはお構いなしに、赤司君はもう片手でボクを抱き寄せた。
重ねた手は、いつの間にか解かれて頬同士を寄せ合い、久方ぶりに感じる彼の肌をいとおしむ。
ずっと近くで嗅いだ事のなかった赤司君の匂いは全然変わっていなくて、鼻孔をくすぐるその香りにじんと熱くなったのは目がしらの奥の方。
背に回された両腕は、記憶よりも少し逞しさが減ったような気がするから後で思う存分追求しようと思う。

「テツヤ」
「なんですか?」
「すきだ」
「さっきも聞きましたよ」
「すきなんだ」
「ですから、ボクもすきです」
「…テツヤ」
「赤司君?」
「しあわせになりたい」
「そうですか」
「ふたりで、しあわせになりたい」

ボクが望んだのは、君と同じ速度で歩むことだった。
何でも君が出来てしまうことは知っているけれど、ボクは君の隣をずっとずっと歩いてゆくのだから。君がボクをしあわせにするのでも、ボクが君をしあわせにするのでもなく。二人で幸福を手にしたかった。
君がボクの為にしてくれることを、心の底から迷惑だと思ったことはない。(あんまり高級すぎるプレゼントには困らされることがたくさんあったけれど。)
でも、二人の未来の為に何かを必死になるのだとしたら、隠さないでほしい。君と共にいると決めた時から、どんなうれしさもかなしみも。その先に待っているのがたとえ地獄だって受け入れると、乗り越えて行けると誓ったのだ。

君と生活を別ってから、何度季節が巡っただろう。
一緒に見上げた散り際の桜。初夏に聞いた川のせせらぎ。蝉時雨の終わりに火をつけた線香花火とか。枯れ葉を踏みしめた感触と、集めた紅葉で焼き芋を作ったこと。珍しい東京の雪にはしゃいで、しゃかりきになったせいで濡れ鼠になった雪合戦。
新しい季節が訪れる度、君と過ごした毎日を思い出したけれど、二人の記憶はどこか物悲しさを覚える冬を連れてくる、秋で終わっていた。

「ねえ、テツヤ」
「なんですか?」
「返事を聞かせて」

困ったように、自信なさげな表情を、これから先何度見ることができるだろうか。性格が悪いと言われても仕方がないが、楽しみにしてしまうボクがいる。
過去も今も未来も全て、そんな表情を見ることができるのは、ボクだけだといいなと思うと、自然と笑みがこぼれた。


「遅すぎます。待ちくたびれました」


どんなに凍える冬も、寝苦しい夏も、君となら何処へだって行ける。




I say yes.