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白い一閃が闇を穿ち、ゆるゆると山の稜線を浮かび上がらせる。 朝が眠りから醒めようとしていた。 微睡む夜は、それでも朝の目覚めを遅らせようと足に絡み付く。 その所為か、冬の夜明けは徐にやって来る。 旭の頭が見え始めるほんの数刻前には、シンと底冷えする寒さが足元からはい上がり、吐息を白く染めた。 夜の嫉妬を肌に感じながら、朝を迎える。
張韻は独り、砦の上から朱に染まり行く地平の山並みを眺めていた。 随分と日が昇るのが遅くなった。 もうじき雪が降ると、韻は独り言。
「大将、あいつらがまたやって来ます」
眼下からの声に、韻は振り返る。
「ならば、もう一度たたきのめすのみだ。……彼等にもそろそろ、この乱世より御退席願おうじゃないか」
韻は勢い良く立ち上がると、階段を一気に駆け下りた。
賊の輩は何度倒されても湧く物だ。 それは世の中が変わらぬ限り、永劫続く。 韻がこの砦に配属されてからまだ日が浅いものの、もう既に三度賊を退治してきた。 この砦は山沿いの小さな村へ続く唯一の道にある。別名を竟閾(ケイキョク)関と言い、本来ならば国境に当たる場所だった。 だが、国境があったのは遥か昔の話になる。 その頃にはこの辺りも賑わっていたと言う記録を頭に浮かべながら、韻は砦の内部を横切った。 栄光も遥か昔であるのだが、賊の存在はその当時より変わらないのだろう。 それはつまり、進歩が無いと言う事だ。
「お前達は、あの賊の事を如何思う」
韻は武器を手に、臨戦体制も整った部下に話し掛ける。
「あの賊も、我等と同じ人だ。だが、自分のみに味方するか、国家国民に味方するかの違いはあるが……」
部隊の人間の中には山賊上がりの者もいるのだが、韻は信頼をし、相手からの信頼も得ていると感じていた。信用はまず、こちらがしなければ、相手もしてくれない。 前 | 次目次 |