がさがさと、近くの草が不自然に揺れるのが解る。
 それほど背丈がある草ではないので、姿を隠せるはずもないのだが、その正体はようとして知れない。
 馬達が心なしか落ち着きがなくなり、そわそわし始める。

「何処だ? 姿が見えん」

 鮑舒は音がする方向を振り返りながら言った。
 走る馬に追いつける程の脚力を持ち、一尺にも満たない大きさの動物がいただろうか?

「鮑舒さん、これは幻影です。気をつけて下さいね」

 安葹は馬の首を撫で落ち着けさせながら言う。
 鮑舒は不可思議な現象をあまり信じない人間だったが、実際に目の当たりにするとやはり不気味だった。

「妖術使いなんて滅多にいない。紅月(アカツキ)の残党か?」

 二振りの剣を構えている桓虔が、完全に顔を出した太陽を睨む。

「紅月……あのような賊徒と一緒にされてはたまりませんな」

 妙に甲高い男の声が、草原に響き渡る。その音量からすれば、間近にいるようなのだが、やはり姿は見えない。

「ならば、妖術使いの償金稼ぎか? 聞いた事も無いな」

 鮑舒は辺りを睨め回す。気配は確かに感じるのだ。だが、なかなか掴みきれない。

「償金稼ぎ? それも違います。私はもっと……高貴な人間だ」

 高貴? 三人は眉を顰める。

「俺達に何か用があるなら姿を現す事が礼儀だろう。礼儀も知らんで、何が高貴だ」

 桓虔が鼻で笑うと、その気配が少しだが強まった気がした。

「な……何とでも言うが良い。その減らず口も、今塞いでくれよう!」

 キーキーと耳障りな声の後、草を揺らしていた幻影が勢いよく飛び上がる。

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