三
がさがさと、近くの草が不自然に揺れるのが解る。 それほど背丈がある草ではないので、姿を隠せるはずもないのだが、その正体はようとして知れない。 馬達が心なしか落ち着きがなくなり、そわそわし始める。
「何処だ? 姿が見えん」
鮑舒は音がする方向を振り返りながら言った。 走る馬に追いつける程の脚力を持ち、一尺にも満たない大きさの動物がいただろうか?
「鮑舒さん、これは幻影です。気をつけて下さいね」
安葹は馬の首を撫で落ち着けさせながら言う。 鮑舒は不可思議な現象をあまり信じない人間だったが、実際に目の当たりにするとやはり不気味だった。
「妖術使いなんて滅多にいない。紅月(アカツキ)の残党か?」
二振りの剣を構えている桓虔が、完全に顔を出した太陽を睨む。
「紅月……あのような賊徒と一緒にされてはたまりませんな」
妙に甲高い男の声が、草原に響き渡る。その音量からすれば、間近にいるようなのだが、やはり姿は見えない。
「ならば、妖術使いの償金稼ぎか? 聞いた事も無いな」
鮑舒は辺りを睨め回す。気配は確かに感じるのだ。だが、なかなか掴みきれない。
「償金稼ぎ? それも違います。私はもっと……高貴な人間だ」
高貴? 三人は眉を顰める。
「俺達に何か用があるなら姿を現す事が礼儀だろう。礼儀も知らんで、何が高貴だ」
桓虔が鼻で笑うと、その気配が少しだが強まった気がした。
「な……何とでも言うが良い。その減らず口も、今塞いでくれよう!」
キーキーと耳障りな声の後、草を揺らしていた幻影が勢いよく飛び上がる。 [*←] | [→#]
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