鮑舒は数日前、この町に滞在していた。
 黒乕隊の一部が州境を越え、堰(エン)へと進軍したとの情報を聞き付けた為だった。
 黒乕隊はここ数カ月の間に瓏国へと侵入し、各地で横暴の限りを尽くしている。
 朝廷からとある組織の討伐と言う仕事を依頼されたらしいが、そもそもその朝廷の運営が現在正常では無い。
 今、朝廷は一人の男に牛耳られている。
 男の名を角孔(カクコウ)と言う。
 一介の官吏如き人間が、どのようにして朝廷を操るに至ったのかなど、鮑舒にはあまり興味の無い事だが。

「鮑舒殿。鮑舒殿はこれからどうするのですか」

 夕刻になり、やっと見付けた宿屋の空き部屋に転がり込み、一息吐いた所で桓虔が尋ねた。

「私は黒乕を追い掛けている限り、暫くはこの国に留まらねばならないでしょう。彼等の行く先々で、必ず大きな戦が起こる……何とかそれに対抗する勢力に巡り逢えれば良いのですが」

 それが中々難しい、と鮑舒は心の中で呟く。
 今までもそうやって各国を渡り歩いて来たが、結局この場にいる。つまり、黒乕に勝てた勢力は無いと言う事だ。

「黒乕か……雇ってもらうなら、俺も奴らに対抗する部隊が理想かも知れん……」

 桓虔は言いながら、途中で買った酒を啜る。
 こんな若者を、負けると解っているような部隊に関わらせたくは無いと、鮑舒は笑みを浮かべながらも内心そう思った。
 勿論、奴らに敵う部隊があるのならば、話は別なのだが。

「聞いた話によれば、黒乕は瓏の正式な官軍となるらしい。彼等と対峙する気なら、国を相手にする事になりますぞ」

 そう言って桓虔をたしなめつつも、本気になれば止められそうに無い事は薄々感じていた。若さ故の力強さが、蛮行とならねば良いのだが、と鮑舒は思う。
 後悔してからでは、遅いのだ。

「俺に国なんて関係ありません。国家として体裁無き国など、なおさらです」

 ふふっと鮑舒は含み笑いを漏らす。
 若いと言うのは、こう言う事だった。

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