戦場となった場所から、少し離れた場所に野営を張った。
 一時間やそこらで匯に着けるはずもなく、かと言って沢山の屍と共に一夜を明かす事が出来る程の神経は持ち合わせていない。
 幸い、時は小暑の頃。
 野宿をしても、凍死の心配が無いのは助かる。

「桓虔殿は何処の御出身であらせられるか。私ははるか昊(コウ)の、さらに東南より参りました」

 一つ落ち着いた所で、身の上話しをするのは旅の常、と鮑舒は焚火を前にして口を開く。

「俺は……西の澆(ギョウ)と言う村の出身だ。蒼瑙(ソウノウ)山脈の麓にある湖の湖畔で育ったんだ」

「澆? この国に来て間もないからかも知れませんが、初めて聞く名前ですね」

 言葉ではそう言いつつも、鮑舒はこの国の事には詳しい。なのにまだ知らぬ地名がある事に、内心驚いていた。
 蒼瑙山脈から南にならば翠江(スイコウ)が、今我々がいる場所の近くを通って東の海へと流れ出ている。
 山脈の向こう側……つまり北側は深い森が広がっていて、誰も近寄らない。もし村があるのならば、その先であろうか。

 鮑舒は少し俯きながら思考に入る。
 その様子を見ながら、桓虔は不思議そうに干し肉に一口噛り付いた。

「あまりあの村から外に出る人間はいない。だから、その存在を知られていなくても仕方が無い」

 桓虔はぽつりと呟く。
 どの国でも、外界と隔絶しているような村はある。
 鮑舒は詮索するのは止めた。

「形はどうあれ、帰る事の出来る故郷があるのは羨ましい事です」

 私には帰るべき場所が無い、と鮑舒は心の中で続ける。
 その為に、黒乕を追っているのだから。

「羨ましい……? 考えた事も無かった」

 少し、困惑した顔をして桓虔は鮑舒から熱い茶の注がれた杯を受け取った。
 鮑舒はにっこり微笑みながら、茶を一口啜る。

「羨ましい事です。私のような放浪者は多分、自分の落ち着ける場所を探して世界をまわっているのかも知れません……ありもしない、故郷の風景を求めて、ね」

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