この地方を治めるのは誰だったかなと鮑舒は一瞬思考を巡らせ、一人の名前を思い出し、頷く。

「史穿(シセン)殿に雇われていたのですか」

 この一帯を納めていたのは、史穿、字を謄蛍(トウケイ)と言う男だった。
 だが……。

「亡くなったと聞いている。だが、俺には他に行くところが無かったんだ」

「そうですか……」

 史穿の人柄に惚れ込み、他の地域から集まる人間も多かったと聞く。
 桓虔もその一人だろうと思ったのだが、その様子を見ると少し違うようだ。

「これから如何なさるおつもりですか?」

 鮑舒は、未だ燻り続ける村を振り返りながら言う。

「俺には……帰るべき場所なんてない。あんた、俺を雇う気は無いか?」

 以外な言葉を耳にした鮑舒は、ふっと笑みを浮かべる。
 こんなさもしい身なりをした男に、傭兵や護衛を雇えるような金があると思うだろうか。

「生憎、手持ちの金に余裕がなくてね。雇ってもらうのなら、このご時世。いくらでも見付かるでしょう」

 西の洽(コウ)や南の支(シ)へ行くのも良いだろう。見付けようとしなくとも、雇い手など数多あるのだ。

「この瓏(ロウ)と言う国にも、そろそろ怪しい雲が垂れ込めて来ています。いっそ、海を渡って驥へ行くと言う手もありますよ」

 鮑舒が言うと、桓虔は暗い顔をしながら空を見上げた。
 この国には未練がある、と言う事か。
 鮑舒はこの国の人間では無く、黒乕を追い掛け流れ着いただけに過ぎない。
 生まれ落ちた母国であれば、そう簡単に捨てる事など出来ないか。

「……いつまでもここにいる訳にはいきません。匯(カイ)へ行きましょう。さほど遠くはありませんし、州境を越えられるので少しは安全でしょう」

 桓虔は頷き、村を背にして鮑舒と共に歩み始めた。

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