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女と共に廊下を進むと、突き当たりには鉄の扉が行手を阻んでいる。 だが鍵は開いていたらしく、中への第一歩を女が踏み出した。 扉の向こうは研究室で、培養液の入った柱が並んでいる。 その中には何か蠢く影が確認出来、薄暗い部屋の中で浅葱色に怪しく輝いていた。
「ここにあるのは全て成り損ないの“兵器”くらいにしか使い道の無い代物ね。鍵はまだ奥だわ」
女は見向きもせずヒールを鳴らしながら進んで行くが、黒服は後に続きつ柱の影を見上げる。 それは膝を抱える少女だか少年だか判別し難い幼少の人間の姿をしていて、どれも黒髪であったり金髪であったりと、統一制は見られない。
不意に前方を行く女の足音が止まる。 黒服が見遣ると、そこには今まで見て来た柱ではなく、寝台型の医療ポッドが横たわっており、静かに稼動していた。
「この中に“鍵”が眠っているのね……ついに“扉”を開く時が来たんだわ」
コンソールを叩きながら、ポッドを開こうとしている女の背後に、黒服はゆっくりと無言で立つ。 女が最後のボタンを押すと、同時にそれは徐に開き始めた。 ポッドの中には、空色のワンピースを着せられた、一人の少女が臥せっていた。 髪は肩に掛かるくらいで、濡れ羽色のそれは、少女の白い肌を一層引き立たせる。 顔色は臥せっている人間にしては血色が良く、唇は紅を引いてあるかの如く赤い。 年端の頃は18、9辺りか。
「貴方の言ったとうり“彼女”だったわね……如何して知っていたの?」
女は振り返らず、少女を覗き込みながら言う。
「私は昔から知っていましたよ。そして、この時を待っていたのです。……リーベンス、そこを退いてくれませんか?」
リーベンスと呼ばれた女は、ゆっくりと男へと向き直る。 その瞳には冷たさと同時に、哀れみの色がはっきりと滲み出ていた。
「貴方、私達に刃向かうつもりなの? 一人で何が出来るつもりなのかは知らないけれど……」
男はリーベンスの言葉を遮るように、低い声を被せる。
「何だって出来ますよ。私一人の命でね」
深い呼吸をした後に、男は指をパチンと鳴らした。
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