黒服の言葉に初めて感情が滲み、目を細め、眉根を寄せる。

「“我々の”ですか? 私から言わせてもらえれば、“貴方個人の”と聞こえますがね、ミスター……」

 男は言い終える前に言葉を止め、自分の手を頬に持って行き、そっと触れてみた。
 すると、節榑立った指先は、自らの鮮血に染まっていた。
 黒服は苛立ちのあまりに、持ち上げていた手を振り下ろしている。つまり、頬の傷はこの男の所為なのか。

「あぁ、デア・マイスター。私個人程度の力で、この研究を潰すなど出来ませんよ……ただ、“運命の夜想曲”よりも、もっと大きな流れの中に私はあるのです。だから……」

 男は何か言おうと口を開いたが、もう既に声は出なかった。
 咽からどす黒い血と共に、空気が漏れて出ていくのが解る。

「……だから貴方には死んで頂かねばならないのです。彼女の封印を解く為にも」

 黒服は男から吹き出る血液を横目に溜息を吐き、ゆっくりとその翠の瞳を閉じた。

 黒服は血の海になった部屋を後にし、白く薄暗い廊下を緊張した面持ちで歩んでいた。
 誰の気配も無くなったこの研究所だが、通路にいくつかある備え付けの端末はまだ生きているらしい。
 その中の一つの前に黒服は立ち、軽やかに指を動かし始める。

『……“s0420”に関する情報は、アクセスコードの入力が必要です』

 画面に表示された言葉を見、黒服の動きが一瞬止まる。
 だがしかし、次にコンソールを叩き始めると、アクセスコードやパスワードと言った全ての“門”を突破するのに、さしたる時間はかからなかった。

『“s0420”に関する質問をどうぞ』


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