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男達の伏せる寝台から距離を取り、金茶色の夕焼けが射し込む窓辺にレオンハルトは腰を下ろした。
「ヴァジェットの方がいらっしゃると言う事は、何かあったのですか?」
アドルフは廊下の様子が解りやすいように、レオンハルトの斜向かいに座る。
「先程言いかけたが、ヴァジェットで国家を揺るがす、大きな事件が起きたのだそうだ」
レオンハルトの言葉には、何処と無くよそよそしさが感じられる。 国境を接する三つの国々は、お互いに友邦国として対等の付き合いをしているが、あくまでも表面上の付き合いでしかない。 魔術国家であるヴァジェットの長は、表には出さないが、他の二国を軽視している嫌いがある。 それを知ってか、レオンハルトやアータル王もヴァジェットの事をあまり快く思っていない。 だが、戦争を起こすつもりは誰にも無い為、仮初の均衡が保たれている。
「事件と言いますと、やはりあの者達が何か絡んでいると……」
アドルフはちらりと視線をカーテンで仕切られた寝台へと動かした。
「ヴァジェットの至宝、コクマー宝典が何者かの手によって盗まれた。宝典の事は知っているな?」
アドルフは「勿論です」と頷く。 コクマー宝典とは、その昔、ヴァジェットに魔術を伝えた賢者の言葉が記されている書物で、魔術の奥義や、人形使いの極意が詰まっているとされている。 魔術はヴァジェット人以外に扱う事が出来ないと言うのは、その宝典の言葉をヴァジェット人以外に明かさない為らしい。 その言葉を知る事が出来れば、魔術も人形も扱う事が出来る。 つまり、ヴァジェット人では無いはずの捕らえた男達が、何故人形を使えていたかとの答えとなるのだ。 彼等が、または彼等の後ろ盾が、ヴァジェットの至宝を盗み出し、魔術を使い、何かをしようとしている。
「ヴァジェットの至宝云々の話は如何でも良かったりするのだが、魔術を扱う者が我が国内で暗躍されては厄介だ。何としてでも口を割らせねば……」
レオンハルトは言いかけた言葉を止めつ眉を顰め、アドルフは剣に手を掛けた。 明らかに異質な気配が、突如として漂い始めた所為だ。
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