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アドルフの目の前に漂う竜は、口をあけて「くぁ」と愛らしく鳴く。 壁の中では、まだ数頭の竜が円陣を組んで飛び回り、歌は力強さを増している。 外に飛び出した一頭が、アドルフの人差し指をガブっと噛んだと同時に祠の内部全体に白い光が駆け巡った。 アドルフは前方の壁から現れたその光の光源の体当たりをまともに喰らい、後ろへ受け身を取る暇もなく床にたたき付けられていた。幸い、頭は打ち付けていないようだ。 瞳をゆっくりと開くと、小杖を振り上げた茶髪の男がこちらを振り返り、驚いた顔をして固まっている。 杖の先には空中に縛られたライネの姿があり、アドルフは目をはっと開き直し、自分のやるべき事を思い出した。 だが、体を起こそうと力を入れるが、思うようにいかない。アドルフはやっと自分の体に掛かる重みに気が付いた。 視線を遣れば、そこには明るい水色のワンピースを着た、長い黒髪の少女が座り込んでいる。 雪のようにしろい肌は、背中の青白く輝く翼に照らし出され、白さが強調されていた。
「おのれ……邪魔をしおったな!」
茶髪の男が我に帰ったのか、振り上げていた小杖を怒りに任せて少女ヘ向ける。 事態に気付いたのか、少女は顔を持ち上げ、瞳を開く。長い睫毛から覗く瞳は、木の葉から透かして見上げる太陽の如く、煌めく翠色をしていた。 紅が引かれているように赤い口元が動き出し、玉声が零れ落ちる。
「あなたは、私に杖を向けるのですね」
少女はふわりとアドルフから下り、裸足で石畳の上に立つ。 重荷の取れたアドルフは、ぱっと立ち上がり、少女の前へと歩み出る。
「下がっていなさい。これは私達の仕事――」
言い終える前に、アドルフは少女を抱えて放たれた魔術から身を避けた。
「生身の人間が、魔術に敵うはずがない。下がるべきなねは、貴方のほうです」
少女は肩に置かれたアドルフの手を払いのけ、光翼をはためかせて再び茶髪の男の前へと立ち戻り、ゆっくりと右手を動かしはじめる。
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