ところが、茶髪の男はアドルフに気付く事なく夢中で壁に見入っている。その視線の先には、不思議な紋章の羅列。
 良く見ると、古代の文字なのかも知れないと気付いた。すると、文字の一つひとつがゆらゆらと動き始める。
 意味の解らない、ミミズがはい回った跡のような文字は、次第に竜を形作り、壁中を大きく旋回し始めた。

「良いぞ良いぞ。やはりこの扉はカナンの人間にしか開く事が出来ないのだ!」

 隣にいたはずの茶髪の男は、いつの間にか後ろに退いていて、アドルフの背後から壁を覗き込んでいる。
 が、そんな事など全く気にする事なく、アドルフは今まで茶髪の男がしていたように壁に見入り、ゆっくりと小刀を持っていない左手が上がって行く。
 それを見た壁の竜は、アドルフの方を向き、小さな口を開けて吠える真似をする。
 さらにアドルフは竜に手を延ばす。

「いけない、アド!」

 アドルフの胸に、怒りの感情と共に聞き慣れた声が響く。
 フィンメルの声だと気付いたが、アドルフはすぐさま耳を塞がれた。

 リン、リンと鈴の音が聞こえる。
 それは竜の声。
 アドルフの見詰める竜は、ぬっと壁から顔を突き出し、こちらへ向かって羽ばたき始める。

「これは……竜の歌。この歌は……」

「竜の歌はすなわち神の歌。神器が貴方を呼んでおるぞ……早く開け」

 茶髪の男の声はアドルフに届いていないが、一度止まっていた左手は再び壁へと動き出した。
 それと同時に、低い衝撃音と共に祠が揺れる。
 茶髪の男が入口を鋭く睨むと、そこには弓を構えたライネの姿があった。

「団長、フィンメルやティファが団長を心配して……団長?」

 呼び掛けに答えないアドルフを不自然に思ったライネがほんの少し首を傾げた瞬間を見逃さず、茶髪の男の小杖が火花を吹いた。

「風よ、束縛したまえ」

 バシっと大きな音と共に、祠の中で風が巻き起こり、ライネの手を捕らえて空中に縛り上げる。
 地上から離れた足をばたつかせて抵抗するライネを見上げ、茶髪の男は眉根を寄せた。

「こいつは生粋のカナン人ではなさそうだ……それならば、用はない」

 言って茶髪の男は再びライネに向かって小杖を振り上げた。


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