「紅月では無いか……はたまた、こちらが真の紅月なのか」

 少し遅れて、本陣を引き連れた謄蛍が姿を現した。
 噂で聞く紅月賊は、とある豪族の部曲をいとも簡単に撃ち破ったり、村を一晩でさら地にしてしまったりと、様々な『蛮勇伝』がある。
 だが、どう見積もっても、今戦った相手は『蛮勇伝』と結び付かない。

「紅月を名乗る、別の賊がある……と言う事でしょうか」

 孟鐫は謄蛍と轡(くつわ)を並べる。
 謄蛍は賊が逃げ出した方向を眺め、大きく溜息を吐いた。

「もしくは、両方とも紅月賊かも知れぬ。奴らの正体は、まだ良く解らぬ所が多いのだからな」

 言わんとする所は、戦闘部隊と、非戦闘部隊とがあるのだろう、と言う事だ。
 だが、今戦ったのであるからして、何故非戦闘部隊が前へ出たのだろうかと、疑問が残る。

「この戦、まだ終わらぬな」

 謄蛍は遠くを見詰めながら言った。
 視線の先には山があり、その手前には林が広がっている。
 伏兵や、散発的な攻撃を仕掛けるには有利な地形と見えよう。
 寡兵である以上、正面からの戦いは極力避けたいはず。しからば、地形を最大限に利用した、奇襲攻撃が有効と考えられる。
 先程の水計未遂と言い、この奇襲するべしと宣言しているような条件と言い、見え透いた策は果たして真なのか、詐なのか。
 だが、このままで終わらせる訳にはいかない。

「孟鐫、川の上に道はあったか?」

 謄蛍は孟鐫へ視線を移す。

「解り難い場所に、細い獣道が続いているそうです。小数の歩兵部隊ならば、何とかなる物と見られます」

 安葹から聞いた事だ。
 先程破壊した堰の近くに、小枝で隠された道があったと言っていた。
 それを聞いた謄蛍は、腕を組んで小さく唸る。

「ふむ……一度あの場所へ行ったお前ならば任せられるな。手勢を率い、敵の背後から強襲を掛けよ」

 孟鐫は拱手し、その命を承った。

 
「孟鐫様、お耳に入れたい事が」

 狭い桟道を進む孟鐫に、木の上から声がかかる。安葹だ。
 軽く首を振ると、すぐさま隣に姿を現した。

「孟鐫様は、黒乕(コッコ)と言う戦闘部隊があるのをご存知でしょうか」

「聞いた事はある。南方の蛮勇が売りの傭兵部隊だな」

 何故この場で黒乕などと言った話が出て来るのか解さないが、孟鐫は安葹に話を続けるように促す。

「紅月賊の手口を見まするに、黒乕との共通点がちらほらと垣間見る事が出来ます」

 安葹は声を低めながら話している。
 すぐ隣には仲煌がいるが、聞こえたとしてもそのくらいだろう。

「ただの農民に、部曲を打ち倒す力があるようにも思えません。近々、黒乕がこの瓏に入ったと、確かな情報もあります」

 安葹が言いたい事は、もし相手に黒乕のような部隊が現れた場合、我々では到底太刀打ち出来ないだろうと言う事か。
 それが読めても、孟鐫は足を止めない。

「音に聞く黒乕が控えているのであるならば、このような愚策を弄さずとも勝てるのではないか」

 黒乕は十万の兵を、たった五千で正面から打ち破ったとの話もあり、その事が本当ならば、わざわざ伏兵などと言った手段に打って出なくとも勝機はある。
 勿論、孟鐫はそのような話など信ずるに値しないと思っているのだが。

「今回の相手が黒乕でなくとも、いつか対峙する事もあるかも知れません。気に留めておいて頂ければと……」

 孟鐫は安葹を見遣る。
 その瞳は鋭く、真剣その物で、何故それ程まで気にするのか不思議だった。

「ああ、解った。記憶しておこう」

 そう言い、孟鐫は再び前を向く。

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