ものすごい音で目が覚めた。どうやら雷がすぐ近くに落ちたらしかった。
昨日の夜は勉強しながら眠ってしまって、起きたら頬にプリントがくっついていたので、さすがにちょっと笑った。

窓の外は大雨で、景色がガラスを縦に流れてゆく。この景色の中のどこかにいるであろう彼女は、雷を怖がってはいないだろうか。

彼女が怖くないといい。
怖がってはやく帰ってくるといい。
矛盾した気持ちを抱える僕は、ずるい大人か。いや、子供っぽいのか。
時計を見るとまだ朝の六時前だった。

彼女は、僕を傷つけることで愛情の深さを計る。

「ただいま。」
「あれ、」

玄関を開けるとちょうど彼女が立っていたので驚いて、咄嗟に僕はなんとなく、彼女を迎えにいこうとして持っていた傘を後ろ手に隠してしまった。

「あれ、起きてたの?」
「さっき、起きたよ。平気だった?」
「うん。」

水曜日の彼女は朝帰り。火曜の夜勤が終わって、帰ってくるのは次の朝五時半、いつもなら彼女はすぐに眠りについて、少しして僕が起きて、彼女を起こさないようにそっと支度をし、ドアを閉めて鍵をかけ、学校に向かう。
こんな時間に話すのはなんだか今までになかったことのような気がして、それから部屋が真っ暗だったので僕は蛍光灯をつけ、冷えているであろう彼女のために紅茶を淹れようとポットのスイッチを入れた。

「夜勤はどうだった?」
「なにごともなかったよ。」
「そう。」
「それより、ねえ、勝呂くんって本当に真面目だね。」
「勝呂くん?」
「こんな朝早いのに、もう学校に向かってたよ。今日はランニングできないからはやくに図書室に行って自習するって。帰りに会ったの。」
「へえ。」

僕にはなにがあったのか、だいたいの見当がついていた。彼女は不自然に濡れたコートの左の肩を拭いていた。

「傘にいれてもらったの?」
「そう。傘持ってないのって言ったら、ここまで送ってくれたのよ。」
「そう。」
「雷が怖いって言ったら、手を繋いでくれた。」
「そう。」

ほら。やっぱり。
だけど、傘だけかと思っていた。後ろの半分は大ダメージだった。なのに僕から出たのは妙に明るい白々しい相槌で、僕はそれにも落胆した。怯えた彼女が頼るのは、僕だけであってほしかった。

彼女が僕を見ている。すましている彼女が知らないのは、いつも目だけは不安げな表情を隠しきれていないということだ。彼女は、僕を傷つけることで愛情の深さを計る。僕の表情の中に僕が隠しきれないくらいの、顔に出るくらいの動揺とか悲しみとかを見つけたとき、ようやく僕に愛されていると感じる。

それを知っている僕はちょっと大袈裟に、わざと目を伏せたりしてみようとは思うのだけれど、今回も不意討ちで、ほんとのところの落胆が隠しきれなかったみたい。顔に出てしまったみたい。僕の目が不安を隠しきれていないことは、彼女を通して見ればわかる。彼女は急に安心した表情になって、僕はちょうどカップに紅茶のティーバッグをひとつずつ入れたりしているところで、彼女はさっさと着替えて部屋の床に座っていた。

「雪男、今日は学校?」
「そうだよ。」
「何時に行くの?」
「七時には出ようかな。」
「行きたい?」
「え?」
「学校。行きたい?」

傷はずきずきと痛む。だけど僕がこんなことでしか愛情を伝えられないのなら、しょうがない、彼女は純粋で身勝手で残酷な少女性でときに僕をずたずたにするけれど幸せにしてくれることの方が多い、子供の僕が惹かれたのは少女である彼女なのだ、しょうがない。しょうがないよ。

「……行かないでほしいの?」
「そうね。」
「じゃあ、そうしようかな。」
「それがいいよ。ねえ、」
「うん?」
「手を繋いで帰ってきたのは嘘。」
「……そっか。よかった。ほんと。」

ようやくできた熱い紅茶を持って、やけに薄着な彼女とふたり、同じ毛布にくるまった。一緒に大人になろうなんて言わないから、どうか長く長く側にいてほしい、楽しいだけの関係で充分だから、離れていかないでほしい。

豪雨はしばらく終わりそうにないので、晴れるまで僕たちは薄暗い部屋で、抱き合ったりしていようと思う。晴れたらまたどこか楽しいところへ、一緒に出掛けようと思う。



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