※早乙女学園ではない




かっこいいとか優しいとかよく言われている来栖の声は、悔しいほどによく通る。小さくても、扉の向こうまで。他人よりずっと。ねえ、やっぱりあんた歌手とかそういうの向いてるよ。ほら、今だって。


××××って曲知ってる?

あの子あの子あの子あの子あの子

本当に?すげえいい曲なんだよ。俺もCDは買ってないんだけど、iTunesで。

あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子


教室のドアに指先をひっかけたまま立ち尽くしている。今日は夏休みの登校日で、帰る途中忘れ物に気づいた私は履いたばかりの革靴を履き替えて階段を駆け上がって自分の教室の前までやってきて扉に手をかけて、二人の声に思わず動きを止めてしまった。

来栖とあの子。ガラス越しの後ろ姿。
おかっぱで目がでかくて勉強ができてピアノが上手で、かっこいい恋人もいる、あの子。


あっ待って、俺いまiPod持ってる。それにあの曲入ってるから聴こうよ。ちょっと待ってて。

あの子あの子あの子あの子あの子あの子

はいイヤフォン。片方つけて。

あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの


ガラス越しの後ろ姿。私のことなんかさっぱり気づいていない後ろ姿。
来栖は自分の椅子に、あの子はその隣の、私の席、私の机の上に座って足をぶらぶらさせていた……。


そこで私はドアを開けてずかずかと自分の席まで歩いき、あの子をいきなり、机ごと蹴っ飛ばす。どすぐろい肺で思うままに。
あの子は尻餅をついたまま、隣の来栖は口をぽかんと開けて、驚いて私を見つめる。二人して。


妄想ここまで。生身の私にそんな勇気は備わっていない。扉に触れたまま動かせないでいる指先がそれを証明している。
それにもしそんなバカなこと、できたとしたって二人の思考は重なったままずれやしない。


イントロ、ちょっと長いんだけどさ、でもすげーかっこいいんだよ。

あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子

あっ、だろ?コマーシャルで使われてたから、絶対聴いたことあると思って。

あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子

そうそう、それ、ジュースの…

あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子あの子

あいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあいつあ


昇降口に向かって駆け出した。
からっぽの鞄が肩にかかったまま暴れていた。かかとを踏んだ汚い上履きがこの上なく走りにくかった。首筋につたっていた汗が風にあたってひんやりした。

廊下を走り抜けて階段を降りる直前、教室から二人分の笑い声が響いてきた。


私知ってる。あの子が最近ずっと来栖と仲良くしてることも、恋人のA君とうまくいってないことも。
頭が悪くてブスで友達も少ないクラスのあぶれものの私が、あの子に敵うわけないことも。


砂だらけの昇降口で革靴を履くとき、喉が震えていた。走ってきたせいで。



_


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -