哀惜の掌 (2/6頁)
雪男が任務に出て、晩飯を一人で食べるのが続いて、3日目。
あれ以来、メールの返事どころか、電話一つかかってこない。
今日は、雪男のクラスの担任に「雪男くん、まだ体調悪そうだったわね」なんて言いながら、プリント類を渡された。
(なんだよ…)
学校には、毎朝連絡を入れているらしい。
元気だと。その一言でも、聞きたかった。
任務先で何かあればすぐに連絡があるから、元気に決まっているけれど。
雪男の声で、聞きたかった。
そんなことを考えながら、雪男という見張りがいなければ勉強なんてする気も起るわけもなく。
ごろごろとベッドに横になって、もう寝てしまおうかとうつらうつらし始めた瞬間、ぴりりり、と。着信音が鳴った。
画面には『雪男』の文字。
「雪男っ!?」
勢いよく飛び起きてしまう。
『もしもし、兄さん?』
3日、聞いていないだけなのに。無性に懐かしく感じるのは何故だろう。
「おう、元気か?また熱出てねぇか?」
『大丈夫だってば。兄さんは何してたの?』
うとうとしてた、なんて言えばネチネチ言われるに決まってる。
うぐ、と詰まった瞬間、
『…口煩い雪男も居ないし寝よう、ってところかな?』
「なっなんで解るんだよ!」
わたわたと電話を持ちながら慌てると、雪男が受話器の向こうでふふ、と笑った。
『ねぇ兄さん、…いい子にしてた?』
「なっ…なんだよ、それっ」
何かを思い出させるような低い声に、じん、と腰に甘い痺れが走る。
『また、僕にお仕置きされるようなこと、してない?』
「ばっ…!ばかじゃねぇの!んなことっ、するわけねーだろっ…」
小さく笑うその声が、当たり前だけど直接耳に入り込んできて、思わずボリュームを下げる。
「明日、何時頃帰ってくるんだ?」
『……うーん…まだわからないかな?』
「そっか…晩飯食うなら早目に連絡しろよ!」
『…ふふ、奥さんみたいだね、兄さん。』
「なっ…」
声を失ってぱくぱくと口を動かしていると、『顔、赤くなってるね』とクスクス笑われる。
「み、見えてねーだろっ」
そう言いながら、薄っすら赤くなっている首元を押さえた。
『あぁ…そろそろ、切るね。』
「おう、じゃあ…明日な。」
『…おやすみ、…燐』
「――っ!!おまっ…」
プーップーッという機械音に遮られて、俺の抗議の声は届かなかったものの。
(名前、なんて…)
静かな部屋が寂しい感じがして、自分で自分の腕を抱きしめた。
起こしていた体を、ぱふりと倒すと、布団に潜り込んだ。
――燐
何度も、何度も、聞こえる気がする。
その声は、深く、俺の中に響く。
「…っ、」
そろり、と。
潜った布団の中で、自身に手を伸ばした。
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