宵闇の檻 (1/3頁)




僕は悪くない。

だって、彼が僕のテリトリーに侵入したのだから。




「若せんせぇ、ちょっとブラコン過ぎちゃいません?」

「奥村くんて、かいらしいですよね、」

「奥村くん、尻尾さわらしてー」




彼の声が脳内でうわんうわんと警鐘のように鳴り響く。


頭痛が止まらない日が続いた、ある日の放課後。

おそらくまだ惰眠を貪っているであろう兄さんを迎えに教室に行って。

奇抜な髪の彼が、眠る兄さんの柔らかな頬に、口づけを落としているのを目の当たりにした。

「…あぁ、見られてしもたなぁ」

へらりと笑う彼を見て、僕は心の中で神様に願った。


兄さんを、僕だけが触れられる檻に閉じ込めて、と。


神様はやはり悪魔の仔の願いは叶えてくれなかった。


だから、僕は。


眠ったままの兄さんを恭しく抱えあげると、彼に向って笑いかけた。


「招待しますよ、志摩君。」















「そこから、1歩も動かないで下さいね。」

鍵を使って、旧寮の彼ら兄弟の部屋に通された俺は、部屋にある、おそらく奥村先生のテリトリーなのだろう、きれいに片付けられたそこにあった椅子に座らされ、優しくてひどく冷たい声で、そう言われた。


「兄さん、起きて…」

「んん…」

僅かに身を捩ったものの、奥村くんは起きる様子はない。

ふわりと、そんな表情もできたのかと思うほどに柔らかい笑みを浮かべた奥村先生が――

――その、兄にキスをした。


「――っ、」

『そういう』関係の雰囲気はしたが、まさか、自分の目の前で見せつけられるなんて思ってもいなかった俺は、声を失った。

奥村くんにキスをしたまま、先生の冷たい視線が俺を捉える。

「ンぅ…ぁ…」

(うわ、舌…っ、もう止めな奥村くん起きてまうやんか…)

俺が息を詰めたのが分かったのか、ふ、と奥村先生が哂った。


するり、と奥村くんのTシャツの裾から手を入れ、肌を露出させていく。

月明かりに照らされて、暗闇の中で浮かび上がるような白い肌に、ごくりと思わず喉が鳴った。

「あぁ、1歩でも動けば、足から打ち抜きますので。」

カチャリと銃口を向けられ、背筋を冷たいものが走る。

「ぅ、ん…っ」

長い睫毛が揺れて、奥村くんが目を開けた。

「ぁれ…?俺、」

「兄さん、だめじゃない…もう日が暮れちゃったよ」

そう言ってまた先生が唇を近づければ、まるでいつものことのように、受け入れるように、奥村くんが目蓋を閉じた。

「ん、っぁ…は、ふっ」

先生が奥村くんの首筋に吸いつけば、奥村くんの喉からは聞いたことのない声が次々と漏れる。


天真爛漫で、笑って、声を荒げて、しょげて、また笑って。
「しま、しま、」と可愛らしい声で俺を呼ぶ、そんな奥村くんしか、俺は知らない。


「ぁ、うぅ、っン…ゆ、きぃ…っ」

先生が奥村くんの下肢に顔を埋めていて、ぴちゃりぴちゃりと水音が聞こえる。

月明かりに照らされたその表情は、恍惚そのもので。

自分の中に熱が渦巻いた瞬間、僅かに身じろいだせいで、キシ、と椅子が鳴いた。


ぴくり、と奥村くんの尻尾が揺れて、視線は暗闇の中に必死に視線を彷徨わせて音源を捜していた。

「ふ、…だめじゃないですか、志摩君。」

カチャ、と先ほど向けられたばかりの銃口の焦点が、俺の眉間に向けられた。

「…え、?―― しま…?」

拙い声が、鼓膜を揺らした。





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